リシテア③


 初期教育?とどこかで聞いた話にカルマは首をかしげる。しかしアサナギとミモザは次々と決定して行く。

 

 「わかりました。これからですか?」

 「そうだね、お茶を飲んでから、のんびりでいいからやろう。君の効率ならば別に急ぐ必要もないし」

 「はい」

 「ああ、それとだけどね、例の騎士サマが君に会いたいとさ。これからしばらく空けておいてくれるかい?」

 

 ミモザの『騎士サマ』という妙な単語にカルマはひっかかった。工房関係者ではなさそう役職だ。どちらかといえばあだ名のようだ。

 リシテアはいつもより愛想のいい笑顔を見せている。アサナギはショックを受けたかのように考えこんでいる。どうやら知らないのは新参者のカルマだけだ。

 

 「はい。しばらく空けておきます」

 

 しばらくスカートのかかった膝を見つめていたアサナギだが、やがてミモザにそう返事をした。会い辛い相手であることは確かなのだろう。しかしそこにどんな感情があるのか、付き合いの短いカルマにはわからない。

 そもそも彼女やドールについて、彼はまだわかっていないことが山ほどある。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 三時のお茶を終えて、アサナギ達は地下にある工房エリアのミモザの職場へと訪れた。

 広い作業場は最低限の掃除はされているがどこか埃っぽい。その中央、ブルーシートの上にマネキンともいえるサイズの木の人形が十体並んでいる。

 それを見て今日の訓練相手ののっぺらぼうが寝そべっているようにカルマは見えた。しかしこの十体人の人形は動かない。まだ魔力が込められていないからだ。

 これがドールの生まれる時。カルマはそれを知らなかった。自分が生まれた瞬間なんてほんの少し前だとしても、その後が目まぐるしくて記憶を上書きされてしまっている。

 

 「さて、まだ知らないカルマもいるから説明しようか。これからアサナギにはこの十体のドール素体に魔力を入れてもらう。そして魔力電池が切れるまでの期間をテスト期間とする」

 

 スーツの上に白衣を着て、ミモザは丁寧に説明をした。これらのドールはAIも基本情報だけで育っていないし動いた経験もない。だから試しに動かすためアサナギが魔力をこめる。いわばデモ用の電池だ。

 

 「まずアサナギにこのドール達を男女に分けてもらおう。で、分けたらカルマが男子、リシテアが女子担当で頼む」

 「男女に分ける?」

 「AIの基礎プログラムと魔力の微妙な違いかなにかかな。それで男女差や根本の性格が出るんだ。まぁ、身体能力はマスターの魔力次第だし、思考や性格は教育次第だから、単純な見た目と地の性格の違いしかないけれど」

 「いや、それってどうやってわかるんだよ?」

 

 カルマの問いにミモザは答えることはなかった。わかっていないのか、答える気がないのか。しかしアサナギは木の人形をひとつひとつ見ていく。

 

 「そちら三体が男の子、そちら六体が女の子です」

 

 触れず、見ただけでアサナギは言い切った。電子機器など微妙な差により男女差が決定するという。しかし電子機器なんてドールの頭部の木材に埋めこまれていて見た目からわかるはずがない。

 

 「魔力の反響みたいなもので判断できます。うまくは言えませんが」

 「残り一体は?」 

 「バグというか、起動しないほうがいいと思います。プログラムに問題があるみたいです」

 「うーん、どこかでミスったかなぁ」

 

 声を魔力の反響により感じ取るアサナギなので、職人よりも人形の状態をよく理解できるようだ。そもそも魔力はミモザ達工房の人間だってわからないことが多い。

 とにかくカルマは三体、リシテアが六体を運んで分ける。そしてその間にミモザが衝立を置いた。

 

 「それじゃあ、アサナギが魔力をいれていくから、その後カルマとリシテアは服を着せてやってくれ」

 

 カルマとリシテアへとミモザは服を何枚か渡す。伸縮性があり腕さえ通して結べば済むような簡単な服だ。ドールの生まれてすぐは服なんて着ていない。なので服を着せてやらなくてはならない。

 ならば最初から人形のときに着せておけばいいのだが、木材や何かで出来た人形はとにかく重くて大きくて、他人が着せるのに苦労する。なので本人の意意識があるときに着てもらうのが楽だった。

 

 衝立の男子側。その中の人形の胸部にアサナギは両手を添える。

 それが淡く光ったかと思えば縮む。そして木目の見える人形は白くなめらかな肌を持つドールとなった。ぱちりとその瞳は開く。黒のその目は動いても体は動かない。

 

 「って、小さくね?」

 

 現れたドールは子供の姿をしていた。木の人形だった頃は180センチはあったはずなのに、今の身長はカルマよりだいぶ低い、150センチほどだ。

 

 

 

 

 

 

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