リシテア①
ドールマスターの部屋は様々ではあるが、その中でもアサナギの部屋はこの国に与えられるものでは特別豪華だった。場所はクウェイル中央職員寮。キッチンにバス付きで個室が三つ、さらに家具家電付きという一人では持て余すほどの部屋だ。
アサナギの場合家族もいないので余った二部屋は二体のドールに使わせている。自宅にドールを置かず工房に預けるマスターもいるが、アサナギはドールの成長のため必ず連れ帰っていた。それにしたってドール一体に一部屋与えるのは溺愛ともいえる。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
メイドが玄関でうやうやしく頭を下げる。優秀なマスターにはメイドもつく、のではなく、彼女もアサナギのドールだった。
年はアサナギの少し上に見える。赤みがかった金髪はしっかりとまとめられ、しなやかな体には黒のワンピースと装飾過多な白エプロン。そしてアサナギに対する丁寧な態度。どう見てもメイドだ。
しかし彼女の本業は戦闘。趣味でメイド服を着て趣味でメイドとしてマターに対応する。それがアサナギのもう一体のドール、リシテアだ。
「まぁまぁ、御髪はどうなさったのですか?」
「訓練ついでに検査があったのを忘れてました。せっかく結ってくれたのにごめんなさい」
大げさに心配するリシテアにアサナギはさらりと嘘をついた。本当は耳が聞こえなかったためにろくでもないのに絡まれた結果だが、そんなことを言えばリシテアは武器を持ってその男のもとに行く。カルマも視線を反らし黙っておくことにした。簡単に嘘がつけるマスターは恐ろしいが、真実そのままを伝えればもっと恐ろしいことになる。
「ではあとで整えましょうね。それとお嬢様、少し前にミモザ様がいらしてますよ。居間でお待ちです」
「ミモザさんが?……リシテア、これからカルマと共に向かいます。お茶の用意をお願いできますか?」
「かしこまりました」
柔らかに微笑んでリシテアはキッチンへ向かった。
ミモザとは工房の職人である。工房とはドールを作り、管理する組織だ。職人とはドール制作に関わるもの。そのうちのミモザはドールの電子部分のプログラミングなどを担当していた。
マスターのアサナギとしては挨拶せねばならない相手だが、なぜ自分まで顔を出さねばならないのか、とカルマは不満に思う。カルマはミモザを苦手としていた。
そんな彼を見て、アサナギは簡単に髪を整えながらその心を見透かす。
「ミモザさんはあなたの生みの親のようなものです。挨拶位はしておきなさい」
「あいつ、俺にやたらとフリフリした服を着せてくるから嫌だ」
「リシテアだってフリフリしたのを着ていますよ」
「あいつは自分で望んでるからいいんだよ」
カルマのフリルのついたシャツのやサスペンダーのついた膝丈のズボンなどはミモザの趣味だ。まだ成長期も来ていないような体に少女のような顔だから似合ってしまうが、本人の趣味ではない。趣味というものが彼の中で育っているかは知らないが、フリフリだけはないと断言できる。
玄関から居間へ入るとその来客、ミモザは他人の部屋だと言うのに優雅にくつろいでいた。
「やぁ。訓練に行っていたとは相変わらず君は真面目だね」
「ミモザさん、連絡くらいください。そしたらお菓子くらいは用意できたのに」
「急に来てごめんね。なんでも訓練場でトラブルがあったのでね。その事込みでやってきたのさ」
ミモザはタイトスカートの足を組み替えながらアサナギに向かってウインクした。その仕草はいかにも大人の女性で色っぽい。しかし口調はそれらしくなく芝居がかっていて中性的だ。
彼女がやってきたのは訓練場で起きたトラブルの解決のためだ。それが仕事ではあるが心配でもあるのだろう。ミモザはやたらとアサナギ達を気に入っている。マスターもドールも若くて可愛いだとか、装飾過多な服が似合うだとか、単純に見た目の好みらしい。
「君に絡んだ男はマスターへの暴行でペナルティが与えられることになったよ。監視カメラも証言もあるし、もしかしたらマスターとしての権利も剥奪されるかもしれないがね」
「……そうですか」
「さすがにこれ以上の不幸は可哀想だから、あの男の事はリシテアには内緒にしておこうか」
ミモザがこの部屋にやってきた目的。それはアサナギが男に絡まれたと聞いて、素早く処分をしてその事の報告に来たのだろう。アサナギ達が話しながらのろのろ帰宅したとはいえ素早い。しかもありがたい事にモンスタードールであるリシテアには伝えなかったという。
「まったく、マスターはまともな人格でなければならないというのにね。そうでなければドールに悪影響だ」
「でも、結果的に私が無視をしてしまったと思われたのだし」
「人に無視されたからと言って暴力を振るっていい訳ないだろう。無視されたなら無視をする、それがまともな人間の対応だと思うよ」
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