第28話 市場

 翌朝、葵達は目を覚ますと身支度を整え、宿の外へ出た。後から少し遅れて沙羅も出てくる。着替えをしていて遅くなりそうだからと、葵達に先に出てもらっていたのだ。


「お待たせ」


 そう言いながら現れた沙羅を見て、葵は思わず息を飲んだ。


 沙羅は桜の君からの贈り物である薄紅色の着物を身に付け、その下に昨日と同じ紺染めの袴をはいていた。その姿が、ひどく彼女に似合っていたのだ。昨日の柿色の着物も似合っていないわけではなかったが、今の着物の方がはるかに彼女らしい。どこか凛としているが、年頃の少女らしい一面も持ち合わせている沙羅に、上品で愛らしい桜の花を思わせる薄紅の着物はよく映えていた。


「昨日もらった着物、早速着てみたの。どう?」


 その場でくるりと回りながら、沙羅は三人に尋ねた。


「うん、すごく良い」


 にこやかに笑いながら京介が答える。九尾は興味なさそうに「悪くはない」とだけ言った。続いて葵も少し小さい声で「似合ってる」とつぶやいた。女の子に面と向かってそんなことを言ったことがなかったので、気恥ずかしかったのだ。


「ねえ、二人は羽衣神宮へはもう行った?」


 沙羅の問いに、葵と京介は揃って「いいや」と首を横に振った。二人の反応を見て、沙羅は「ならちょうどいいわ」と嬉しそうに言った。


「羽衣神宮の方へ行きましょう。なんといっても、久渡の町の目玉は羽衣神宮なんだから。私はもう参拝してるから、いろいろ案内してあげる」


 沙羅に連れられて、葵と京介は久渡の町へと繰り出した。


 昨日と同じく、相変わらず人通りは多く売り子や参拝客で道はごった返している。それは羽衣神宮に近づくほど顕著になってきて、葵はしょっちゅう人と肩をぶつけるはめになった。その度に「すいません」と謝る葵を、さっきから九尾がからかうように眺めている。その視線に気づいて、葵は不満げに「仕方がないだろ」と口を尖らせた。


「こんなに人通りが多いのなんて経験したことないんだから」


「田舎者っていうのが丸わかりだな」


 九尾は意地悪そうにケラケラと笑う。


「いろんなものに目移りしすぎて、そばを通る人間に全然目がいってない。そりゃぶつかるわな」


「こら九尾、からかわない」


 前を行く沙羅が振り返って注意した。九尾は特に反省した様子もなく、「はいはい」と肩をすくませる。


 こんな調子で羽衣神宮へ向かう道すがら、一同は市場になっている場所を通りかかった。反物やくにから渡ってきたらしき奇妙な品々、焼き餅や団子など、様々なものを取り扱った店がずらりと並ぶ中、沙羅がある店の前で足を止めた。その店は首飾りや耳飾りの装飾品を扱った店だった。店先には色とりどりの勾玉やトンボ玉、組紐の根付などが並べられている。


「きれい。ねえ、ちょっとここ寄ってもいい?」


 沙羅が目を輝かせながらそう言ったので、葵達も共に店の中へ入った。


「そんなもの買うお金あるのか?」


 九尾が意地悪そうに聞くと、沙羅はツンとした。


「買うとは言ってないじゃない。こういうのは見ているだけでも楽しいの」


 言った通り、沙羅はほんとうに楽しそうだった。気になる商品を手にとっては眺めている。


 葵も、男なのであまりこうした装飾品には用はないのだが、美しく磨き上げられた勾玉はきれいで、思わず色々と手にとって見てしまう。


「そういうのをあげたい女でもいるのか?」


 急に背後からそんなことを聞かれ、思わず手にとっていた勾玉を取り落としそうになりながら葵は振り返った。


「なんだよいきなり」


 見れば九尾の人をくったような顔があった。


「人間の男というのは、好いた女子おなごにそのようなものを贈るのだろう?」


「え、いや。天狗もしていたけど。って、別に俺はそういう意味で見てたんじゃない」

 

事実そうだったので葵は憤然として言い返した。


 すると九尾は、今度はそばで装飾品を眺めている京介にも声をかける。


「お前は?」


「いるよ」

 即答した京介に葵は思わず「ええ」と叫びかけた口を慌てて押さえた。


 そんな葵に京介は顔をしかめる。


「何もそんなに驚くことないでしょ。まあ、どっちみちその子は高価で綺麗な装飾品なんていくらでも持っているだろうから、ここで買っていくことはしないけど」


 考えてみれば確かにそんなに驚くようなことではないのかもしれないと葵は思った。京介の風貌は九尾の化け姿ほど整ってはいないが、爽やかで人当たりの良さそうな、女の子から好かれそうな顔立ちをしている。それに女の子の扱いにも手慣れている印象も受ける。だが、どことなく飄々としていて抜け目のない性格の京介に、好きな女の子がいるというのは少し意外ではあった。


「ふうん。高価な装飾品をたくさん持っているとは、いいところのお嬢さんか?」


 少し興味を持ったのか、九尾が尋ねた。京介はそれにため息まじりに答える。


「まあ、そうだね。箱入り娘だよ。おかげで滅多に会えないけれど。」


「同じ陰陽師じゃないのか?」


 てっきり同職の陰陽師と見当をつけていた葵は少し意外に思い、京介に問う。


京介は「違うよ」と困ったように腕を組んだ。


「その子は普通の女の子。箱入り娘のくせに恐ろしく気が強いけど」


「沙羅よりもか?もしそうなら相当だぞ」


 急に真面目な顔をして九尾が言ったので、葵と京介は思わず吹き出した。


昨日会ったときから、基本的に九尾は人を小馬鹿にしたような、おおよそ真面目とは言えない態度だったので、いきなり真面目な顔つきになったのがなんだかおかしかったのだ。


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