第29話 捕物

 沙羅は葵たちから離れ、一人店の中を物色していた。しかしあらかた見てしまったので少々飽きてきた。


 市場には他にも魅力的な出店が多くある。そっちの方にも行きたくなったので、沙羅は皆に声をかけようと思いたったが、九尾が葵や京介と楽しげに会話しているのを見て少しためらった。


 九尾が自分以外の人間とあんなに話しているのは珍しい。何だか邪魔をしてはいけない気がする。それに、どうにもさっきから細切れに聞こえてくる彼らの話題は、どうも女のことらしい。ますます声をかけづらくなった沙羅は、何も告げずに行くことにした。どうせ少し見てくるだけだから、そんなに心配もかけないだろう。


 沙羅は店を出て、近くの気になる店に入っていった。


 花から花へ飛んで行く蜜蜂のように、棚に並べられた商品を眺めながらフラフラ歩くうちに、沙羅は自分が随分とあの装飾品の店から離れた場所へ来ていることに気がついた。


 その時だった。そろそろ戻ろうかと、進むべき方向に見当をつけて歩き出した沙羅の背中へ、厳格な男の声が投げかけられたのは。


「おい、そこの娘」


 きつく呼び止められ、沙羅は怪訝な顔で振り返った。


 振り返ると、そこには役人らしき中肉中背の男が、厳しげな目つきで沙羅を睨んでいる。


「なんですか?」


 あからさまに嫌な表情を作って、沙羅は不躾に尋ねた。男は自分より背丈の低い沙羅を見下ろしながら、横柄な口調で言った。


「貴様、最近噂になっている、まがいものの巫女だな」


「まがいもの?」


 なんのことやらとぽかんと口を開ける沙羅の周囲に、男の仲間らしき役人たちが集まってきた。皆、手に捕縛用らしき長い棒切れを握りしめている。おそらく町の治安を維持する役職の男たちだろう。


 まずいことになったかもしれないと、沙羅は懐へそっと手を入れた。中には護身用の懐剣を潜ませてある。悪いことをしていないのに捕まるのはまっぴら御免なので、どうにか逃げださねばと、沙羅は地面を踏む足に力を込める。それから堂々とした口調で声をかけてきた男に問うた。


「どういうこと?私が何か悪いことをしたとでも言うの?」


「しらばっくれるな」


 沙羅の態度に、男は唾を飛ばしながら怒鳴るように言った。


「先日、お前に大きな化け狐をけしかけられ襲われたと、町の若者が訴えかけてきたぞ。話を聞いてみれば、貴様は巫女と名乗り、陰陽師に退治されたあやかしの魂を鎮めているというではないか」


「それの何が悪いのよ。第一、私が化け狐をけしかけて襲わせただなんて、ちゃんちゃら可笑しいわ」


 沙羅の気強い物言いにムッとしたのか、役人の男は青筋を立てた。


「黙れ。その事実がどうであれ、貴様があやかしを連れ歩いているのは明白なのだぞ。いんの鈴で調べさせたら、貴様とともにいる男はあやかしだった。」


「………」


 陰の鈴とは、人に紛れたあやかしを見抜くことのできる特別な鈴である。あやかしの近くに置くと、陰の気に反応して一人でに鳴るため、あやかしを見破るための道具として重宝されているのだ。


 それを使って九尾の正体を見破られていたとは、沙羅にとって予想外だった。だからこそ、九尾があやかしであることに警戒して、沙羅が一人になった時を狙ってきたのだろう。


 確かに近頃、誰かに見られているような気がしてはいたが、裏でそんなことになっていたとはと、沙羅は歯がゆい気持ちになる。決して悪いことはしていないが、あやかしを連れているというだけで、十分にその身の潔白を疑われるのは沙羅自身、これまでの経験でよくわかっていた。


 男は言い逃れができなくなった沙羅へ、捕縛用の棒切れの切っ先を突きつけた。


「この羽衣神宮の鎮座する清浄な地で、巫女の名を騙り、あやかしを連れ歩くとは、不届き千万。詳しい話は後で聞かせてもらう。捕らえろ」


 最後の言葉は部下に発せられたものだった。

 その声を合図に、沙羅はあっという間に男たちに取り囲まれた。


 沙羅が華奢な少女だったためそこまで手荒なことはされなかったが、それでも懐剣を取り出そうとしていた手をねじり上げられ、棒で体を押さえつけられる。沙羅は負けじと顔を上げて男たちを睨み上げたが、抵抗虚しく引っ立てられた。そのまま引きずられるようにして歩かされる。おそらく獄舎へ連れて行かれるのだろう。


 突然の捕物騒動に、町の人々は道を開け、目を丸くしながら沙羅を見ている。あっという間に野次馬が集まり、皆口々に勝手なことを言いながら沙羅を指差す。何も知らないくせに、まるで見世物でも見るような調子の群衆に舌打ちしたい気持ちに駆られながら、沙羅は連行されていった。


* 


「おい、向こうの方で捕物騒ぎだ」


 沙羅はどこへ行ったのだろうと葵達が心配し始めた頃、声高に叫ぶ人の声が聞こえてきた。続いてドタバタと野次馬に向かう人々の喧騒と足音が響いてくる。


「なんだろ」


 葵が店の外へ出てその様を眺めていると、京介と九尾も店から出てきた。


「泥棒でも捕まえたんじゃないのか」


 興味なさそうに九尾が言った直後、「捕まったのは年端もいかねえ女の子だ」と、たった今捕物を目撃した帰りらしき男が叫ぶのが聞こえてきた。


「女の子が?」


 女の泥棒だろうかと葵が他人事にように聞いていると、九尾が「嫌な予感がする」とつぶやいて、野次馬の向かう方向へ一人駆け出した。


 止める間も無く走り出したので、渋々葵は京介とともに飛び出した九尾の後を追う。


 九尾の背を追って人だかりの中をかき分け押しやりするうちに、ようやく野次馬の群れの先頭に飛び出した葵と京介だったが、もう捕物は終わったのか、すでにその場は閑散としつつあった。捕物だと聞いたので、葵は人が争った跡でもあるかと思ったが、特にそのような痕跡は見当たらない。犯人は抵抗しないまま捕らえられたようだ。


 葵がすぐそばにいる九尾に目をやると、ちょうどそばを通りかかった見物人に「おい」と荒っぽく声をかけていた。


「どんな奴が捕まったんだ。見てたなら言え」


 九尾の剣幕におののきながらも、見物人は答えた。


「お、女の子だよ。なんか、まがい物の巫女だとかなんとかってお役人が言ってた」


「服装は?」


「服?服は、はっきり覚えてないけど、綺麗な薄紅色の着物を着ていたような。」


 見物人がそこまで言うと、九尾は礼も言わずに踵を返し、葵と京介の下へ走りよってきた。


「聞いたか、今の。捕らえられたのは沙羅だ」

「なんで沙羅が捕まるんだよ」


 もっともな質問をした葵に、九尾は「あやかしと関わっていたからだろ」と吐き捨てるように言った。


「あやかしの魂を鎮めていたし、俺のこともあってあやかしを連れているんじゃないかと、宿の近所じゃ噂になっていたからな。最近町へ出るとみられているような気がして、一人にはさせていなかったんだが、目を離した隙にすぐこれだ」


 九尾はため息をつくと、どこかへ行こうとした。それを京介が慌てて引き止める。


「ちょっと、どこ行くつもり?」


「どこって、沙羅を連れ戻しに行くに決まっているだろ」


 九尾のその言葉に、葵も頷いた。


「俺も行く」


 沙羅とは会ってまだ一晩ほどしか経っていないが、それでも彼女が悪人でないことはわかる。悪いこともしていないのに捕まるのはおかしい。すぐに取り返しに行かなければと、葵も気が急いていた。


 しかし、京介は「ダメだよ」ときっぱりと言い切った。


「釈放されるまで待つべきだ」


「でも、釈放される可能性はあるのかよ?」


 葵は食ってかかるように京介に言った。

 京介はあくまで冷静な態度でそれに答える。


「彼女が無実ならすぐ釈放されるだろう。」


「役人からすれば無実じゃない」


 九尾が唸るようにして口を挟んだ。


「沙羅はまがい物の巫女として捕まったらしい。確かにあいつは今は巫女じゃないが、便宜上巫女と名乗ることもある。それがあやかしを連れて、あやかしの魂を鎮めているのなら、神の宮のあるこの土地の人からすれば、まがい物と言われたって仕方がないだろう。神や、神に仕える本物の巫女への侮辱として、刑罰に処せられるかもしれない」    


 九尾の言い分を聞くと、京介は意外とすんなり「わかった」とつぶやいた。 


「だけど、今行くのはダメだ。明るすぎる」


 葵と九尾は押し黙った。三人は互いに目を見合わせ、「夜か」と短くつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る