教育格差とメリトクラシー社会
よく「格差は受け継がれる」ということを言われる。身分制度が取り払われて身分が受け継がれることはなくなったにも関わらずである。
内閣府のデータ(2007)によれば、所得が200万以下の世帯の高校生は就職する割合が一番多く35.9%、次いで四年制大学へ進学が28.2%となっている。年収が200万以上の世帯になると四年制大学に進学する割合が就職と逆転し、年収が上がれば上がるほど四年制大学への進学率は上がっていく。
また、日本で一番難易度が高いとされる東京大学に関して見ると、2018年の調査では六割を超える学生の家庭の年収が950万円以上であることが分かる。これらを踏まえると少なくとも世帯の所得と学歴には相関関係がありそうである。
一因としては、所得の差による「意識の差」というものがある。例えば高校を卒業してそのまま就職して世帯を持った場合、自身は大学に進学していない上に暮らすことができないわけでもないので、当然本人の中での「進学の重要性」は薄れる。また、地方に行くと「稼業」があるためにそれを卒業後すぐ継ぐように強制されるということもまだまだ少なくはないようである。
次に挙げられるのが「受験準備への投資金額の差異」である。当然、塾へ通ったりテキストを買うのにもお金がかかる。また、前々から偏差値の高い大学を目指すのであれば有名私立中学、高校に通うのが手っ取り早いわけだが、それにも公立とは比にならないほどの金がかかってしまう。もちろん低所得では東大進学が不可能であるわけではないのだが、環境面でも精神面でも厳しいものがあるのは事実である。
授業内で扱った「メリトクラシー」についても少し触れておく。メリトクラシーとはつまり能力至上主義社会であるわけだが、ヤングの描いた「メリトクラシー」という物語については強い違和感を覚えている。というのも、確かに能力はいずれ測れるものになるかもしれないというところには賛成するのだが、しかしそれは「それぞれのものさしで『一つの能力について』測る」ことになるだろう。例を出せば、学校のいわゆる「勉強」ができなくとも絵がとても上手い人はいるし、肉体自慢の人間もいるだろうし、あるいはコミュニケーションに長けている人もいるかもしれない。人間の能力というのは一つのものさしで測れるものではないのである。
つまり、完璧なメリトクラシー社会になったとしても、一回で「能力がない人間」であるという判断はできない。あくまで「特定の分野の能力がない」だけであり、「秀でている他の能力」を探せばいいだけである。究極、適材適所がしっかり為されていれば、余る人間はいないはずなのだ。
また、そもそも仮に能力がなくとも社会から外されるわけではない。現代でもそうであるように「専門性の高い」職種だけでは社会は成り立っていない。アルバイトやパートなどはまさにそういった専門性が必要ではない仕事として発達したものである。いま例に出したのはほんの一部で、他にも流れ作業や事務の仕事など、専門性の要求されない仕事は少なくないはずだ。
ここまで延々と「メリトクラシー社会自体はディストピアではない」というようなことを話したのだが、しかし本当のところ「現実」の方がディストピア的であるように思える。そもそも、このような「能力を測る」という行為自体は当然権力が絡んでくる。能力の優劣の基準、実際の判断、すべてが時の権力者(あるいは世論)に左右されてしまうわけである。実際、学力至上主義に傾倒してしまったのはそのせいであるとも言えるし、ハイパーメリトクラシー社会(と呼ばれているもの)の問題点もまさにそこであろう。こうなってくるとメリトクラシー社会が来るとか来ないとかそういう問題ではなくなってしまう。場合によってはある特定の民族、思想、文化を恣意的な基準によって淘汰することさえできてしまうかもしれない。今一番考えなくてはならないのはその「能力至上主義の皮を被った差別主義者」なのではないだろうか。
参考
授業プリント(第三回)
内閣府「平成28年度 子供の貧困に関する新たな指標の開発に向けた調査研究 報告書 _第3章 2.2.(5)高等学校等卒業後の進路の状況 」
(https://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/chousa/h28_kaihatsu/3_02_2_5.html)
東京大学「2018年(第68回)学生生活実態調査」
(https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400129068.pdf)
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