ホッと一息

 羽柴が魔王を辞めたことで吹雪も止んでいる。というか、魔王って辞められるものなんだろうか?

 ……まあ、そこは置いておくとしても吹雪が止んだのはありがたい。

 あの吹雪のせいで登山がだいぶ厳しかったからな。

 戻ってきたばかりで休憩を挟んでから逆側に向かおうと思っていたのだが……。


「はわああああっ! 美味しい、美味しいよ~!」

「……おい、羽柴! がっつき過ぎだろう!」

「だって、こんな美味しい料理、こっちに来てから食べたことがなかったんですもの~!」


 羽柴が弁当にがっついている。

 その食べっぷりはすさまじく、俺以外のみんなが若干引いてしまっているほどだ。


「んぐっ! ぐ、ぐるじぃっ!」

「バカか! これ、水だ!」

「……んぐ……んぐ……ぷはあっ! あ、ありがとうございます、先輩」

「ったく。これに懲りたらゆっくり食べて――」

「んがっ! はぐ、んん、美味しいです~!」

「だからゆっくり食べろよ!」


 ……はぁ。なんだろう、羽柴ってこんなキャラだったっけか?

 というか、どれだけ食べるんだよ! これじゃあ、せっかくの弁当が全部なくなっちまうぞ!


「はぁぁ~! 本当に美味しいです~!」

「……はぁ。みんな、ごめんな?」


 みんなの弁当だからやっぱり謝っておいた方がいいよな?


「俺たちは気にしてねぇよ」

「そうだよ、ジン君。それに、吹雪いていなければ野営で料理もできるしね」

「えっ! ルルちゃん、料理ができるんですか!」


 えっ? 反応するのはそこか、羽柴?


「私は魔導師で料理人なんです」

「うわー! すごいです、今度料理を食べさせてくださいね!」

「おまっ! ……はぁ。頭の中は食べ物のことしかないのかよ」

「今はそうですね! だって、ダンジョンにいた頃は食事なんてほとんどしてなかったんですもの~!」

「……そうなのか?」


 まさか、食事をほとんどしていなかったとは思わなかったぞ。

 そこで話を聞いてみると、ダンジョンの管理をしていた時は空腹を感じることはなかったらしい。

 たまに食事をしたいと思った時はたまたまダンジョンに迷い込んできた魔獣を仕留めて食べていたのだとか。


「その時もただ焼いただけのお肉だったので、味気なかったんです~! たまに生焼けになってたりもしたし~」

「いや、そこはお前が悪いだろう」

「だって、我慢できなかったんですよ~。魔王だからか、お腹を壊すこともあまりなかったし」


 あまりって、壊したことはあるんじゃないか。


「大変だったんですね」

「はい~! だからルルちゃん、美味しい料理、よろしくお願いします!」

「任せてください! うふふ、料理が楽しくなりそうですね、フローラさん」

「そうですね」

「なんと! フローラちゃんまで料理を! ……ということは、リューネさんも?」

「あっ、私は無理ー。料理なんてできませーん!」


 女性陣が全員できると思ったのか、リューネさんに話を振ると即答でできないと返って来た。


「……同士ですね!」

「あら、アヤネちゃんもなの?」

「はい!」


 いやいや、そこは元気よく返事をするところだろうか? しかもガッチリを握手までしているし。

 それにしても、羽柴はあっという間に溶け込んでしまったなぁ。……あぁ、弁当にがっついていたからか。


「ところで先輩。先輩たちは山を越えた先に向かうんですよね?」

「あぁ。エルフがいるっていうからな! 楽しみだな~」

「ふーん。……エルフ、いたっけなぁ?」

「……えっ?」


 ……おいおい、ちょっと待て? まさか、いないとか言わないよな!


「い、いるんだよな、エルフ! だって、エルフの国があるって言ってたんだぞ? 国だぞ、国!」

「うーん、たまーに麓に下りたりしてましたけど、エルフなんて見たことないですよ? リューネさんは違うんですか?」

「私はハーフエルフよ」

「そうなんですか? でも、リューネさんみたいな人たちなんですよね?」

「見た目はそこまで変わらないけど、エルフの方がより色白で美麗かなー。あと、独特の雰囲気を持っているわね」


 くっ! リューネさんの説明を聞いただけでもやっぱり一度はお目にかかりたいぞ、エルフ!


「そうだとしたら、やっぱり見たことないですねぇ」

「……そ、そんな~! 俺たちの苦労はいったい何だったんだよ~!」

「まあまあ、先輩! 私と会えたんだからいいじゃないですか!」

「……エルフの方がよかったわ!」

「なんでですか! 酷いですよ、せんぱ~い!」


 そんなこんなで、休憩時間はだいぶ騒がしくなってしまったのだった。

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