まさかのあの人

 僕は聞き覚えのある名前に驚きながらも、まさかそんなことはないだろうとも思ってしまう。

 しかし、このまま確かめないわけにもいかず、とりあえずあいつしか知らないだろうことを聞いてみることにした。


「ね、ねぇ、羽柴……さん?」

「なんでしょうか!」

「……部長の頭はどうなりましたか? 禿げ上がりました?」

「それはもうツルピカで、私がいた時はカツラを……えっ?」


 ……あちゃー、やっぱりそうかぁ。

 まさか羽柴さんまでこっちに来てしまうとは。


「……あ、あの、もしかして、お知り合いですか?」

「あー……知り合いというか、元先輩、かな?」

「元、先輩……も、もしかして――大杉先輩ですか⁉︎」

「あぁ、その通り――ぶふっ⁉︎」

「うええええぇぇええぇん! ぜ、ぜんぱああああぁぁい‼︎」


 結局泣くのかよ、おい。

 しかし、確かに後輩ちゃんは頑張ったんだろうな。日本で生きていた頃も、こいつはゲームなんてほとんどしないって言ってたし。

 それなのに魔王なんかに転生させられて、こうして一人で頑張ってきたんだろう。

 ……こんなことを考えるのは不謹慎かもしれないが、僕が魔王だったらよかったのに。


「落ち着いたか?」

「……あい。ありがどう、ごじゃいます」

「落ち着いてないじゃないか」

「そ、そんなことありませんよ! それよりも……先輩、自分のことを僕って言っているんですか?」

「うぐっ⁉︎ ……こ、この見た目なんだから仕方がないだろう」


 今では普通になった僕呼びだけど、最初は戸惑ったっての。

 いや、そんなことよりももっと大事なことがあるだろうに。

 ユウキたちは何を言っているのかわからないといった感じでこちらを見ているが、簡単に説明できるかもわからないので申し訳ないが後回しだ。


「なあ、羽柴。……まさか、お前も死んだのか?」

「私ですか? 死んでませんよ?」

「えっ? そ、そうなのか? てっきり僕みたいに死んじゃったからこっちに転生したのかと……」


 ということは、羽柴に関しては何者かの意思でこっちに無理やり転生させられたってことなのか?


「うーん、正直よくわからないんですよねぇ。毎日のように徹夜で仕事をしていて、そのまま職場で寝ちゃったんですけど、起きたらこの姿になっていたんで」


 ……それって、過労死じゃないだろうか。あの会社ならあり得るぞ。

 俺がいた頃はそこまで残業もなかったけど、それは入社してからしばらく後のことで、最初はだいぶきつかったからなぁ。

 自慢じゃないが、僕は仕事ができる方だった。

 仕事のやり方を改善して、効率良く業務を回せるようにしてからはだいぶなくなったと思っている。

 そんな時に僕が死んでしまったから……まあ、羽柴だけじゃなくみんなの負担は相当なものになったんだろうなぁ。


「徹夜していたのって、羽柴だけだったのか?」

「いいえ、他の先輩や後輩も」

「マジかぁ……なあ、羽柴。それって、過労死じゃないか?」

「えぇ〜? まさか〜?」


 羽柴は違うと口にしているが、絶対にそうだと思えてならない。

 まあ、僕みたいに事故で死の恐怖を感じることなく死んだとしたなら、不幸中の幸い? とも言えるのかもしれない。……ものすごくプラス思考した時の話だけどな。


「それよりもです、先輩! 私は魔王を辞めますし、先輩と一緒に行きたいです!」

「……はい?」

「もうこんなところに一人でいるのは嫌なんですよ〜! お願いします、一緒に連れて行ってください!」


 ……これは、いいんだろうか。

 そういえば以前に、ソラリアさんから世界を変える未来が僕に見えると言われたっけ。

 羽柴を……魔王を連れていくかどうか、もしかするとこれがソラリアさんが言っていた世界を変える未来の選択肢なのかもしれない。

 もしそうだとするなら、僕の選択は一つしかない。


「……なあ、みんな。僕は魔王を、羽柴を連れて行きたいと思っているんだけど、いいかな?」


 僕の選択は、彼女を連れていくこと。

 しかし、それにはユウキたちから許可を得る必要がある。

 ここでの僕はジン・コープスであって、大杉政策ではないのだ。

 僕一人の意思だけで全てを決められるわけじゃない。

 そして、僕のことを全て伝える必要も出てくるだろう。

 ゴクリと息を呑みながら、僕はユウキたちの答えを待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る