ブリセット、出発

 さて、今日はいよいよブリザードマウンテンへ入山する日である。

 ゼッドさんに話を聞くと、ブリザードマウンテンの先は他国であるエルフの国があるのだとか。

 ……エルフの国……正直、気になって仕方がない。

 知り合いにはリューネさんと『神の槌』で事務をしてくれているノーアさんしかいないのだが、二人もハーフエルフである。

 ハーフエルフでも非常にきれいで美しい方々なのだが、本物のエルフがどれほどのものなのか、正直ずっと気になっていた。

 というか、男であれば誰もがそうだろうと勝手に思っている。


「楽しみだねー!」

「そう言えるのは、ジン様だけだと思いますよ?」

「慣れろ、慣れろー」


 ……マギドさんに対してその言い方はどうかと思うよ、カズチ?

 まあ、マギドさんもその言い草はどうかと思うけど。


「魔法は私とジン君が使うって事でいいのかしら?」

「私も使います!」

「いいの、ルル?」

「うん。戦闘ではあまり役に立てないし、サポートならね」


 笑顔で請け負ってくれたので、僕たちは寒さを遮る魔法をリューネさんとルルに任せる事にした。

 僕は当然ながら戦闘要員として数えられている。

 もう慣れっこなので構わないのだが、それを護衛であるマギドさんまでが認めてしまっているのはどうなんだろうか。

 まあ、ポーラ騎士団長と引き分けた実力を見られているし、仕方がないとも言える。


「攻撃ではジン様が魔法で援護、私とユウキ様が前衛、フローラ様が回復、ガーレッドとフルムが遊撃、これでよろしいですか?」

「うん。いつも通りで構わないよ」

「でも、ジンの魔法は地形を変えかねないから、手加減をよろしくね」

「……ユウキ、その言い方は酷くないかな?」

「事実だろう?」


 まあ……うん。

 道中、一度だけちょっと力を込めた魔法を放った時、巨大すぎるクレーターを作ってしまった事がある。

 あれ以来、ユウキには度々こうして釘を刺されるようになってしまった。


「雪山ならなおさらねー」

「リューネさんまで……って、雪山なら?」

「これだけの猛吹雪よ? 山頂付近には雪が大量に積もっているでしょう?」

「……あぁ、そっか。雪崩ですね」


 大声をあげる事すら禁止される事が多い雪山だ。ちょっとした振動、揺れで積もった雪が一気に崩れる可能性は否定できない。


「というわけで、魔法を使うにしても強い魔法は基本的に禁止なのよー」

「了解です」


 前世でも雪山になんて登った事はなく、聞き齧った知識しかなかったが、本当だったんだなぁ。


「……あれ? そうなると、僕ってやる事なくないですか?」

「静かで、揺れが少ない魔法なら問題ないわよ」


 ……そんな魔法、使った事がないんだが。

 とはいえ、魔獣と遭遇する前に何か考えておかないとな。

 僕の我儘で冬のブリザードマウンテンに入るのだから、何かしらで絶対に役に立たなければ。


「おう! 早いな」

「おはようございます、ゼッドさん」


 誰もいない食堂を借りて話をしていると、ゼッドさんが声を掛けてきた。


「昨日は助かったぜ、ありがとな!」

「こちらこそ不良在庫を一気に放出できて良かったです」

「あれだけの量を不良在庫とか言うのか、すげぇなぁ」


 やや呆れ顔を浮かべているゼッドさんだったが、みんなの為になったのだから問題はないと思う。


「そうそう、弁当だが結構な数になったが大丈夫か?」

「はい。魔法鞄がありますから」

「そういやそうだったな。量が量だから台所に重ねておいているんだ、取りに来てくれるか?」


 ゼッドさんに案内されて台所に入ると、そこには十を超える数の弁当が積み重なっていた。


「……え、こんなに?」

「むしろ、謝らないといけねぇ」

「……あ、謝る?」

「材料が、余ってしまったんだ」

「あぁ、それは貰ってもいいですよ?」

「……いいのか?」

「また皆さんに料理をご馳走してください」


 僕がそう口にすると、ゼッドさんは申し訳なさそうにしていたが、すぐに頷いてくれた。


「…………すまんな」

「そこは謝るところじゃないですよ」

「……ありがとよ。またこっちに来ることがあったら絶対に俺の宿屋に来てくれ! 最高のサービスを提供してやるよ!」

「楽しみにしていますね」


 そう口にしてから弁当を魔法鞄に詰めていく。

 これなら三日……いや、五日くらいは弁当でやりくりできそうだ。

 ゼッドさんが言うには味付けも変えているみたいなので、食事の時間が楽しみになりそうだな。


「それじゃあ行ってきますね、ゼッドさん」

「おう! 途中でくたばるんじゃねえぞ!」

「分かってますよ」


 僕たちはゼッドさんに笑顔で手を振り、宿屋を後にしたのだった。

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