閑話:????

 本来、この地には誰も立ち寄る事はなかった。

 当然だ、猛吹雪が吹き荒れる危険な雪山に自らの意思で足を踏み入れる者など存在しない――そのはずだったから。


『……へぇ。なんだか、おかしな魂の奴が麓にいるなぁ』


 この世に生まれ落ちてから今日に至るまで、命ある全ての者と関わってこなかった少女のものと思われる声の主。彼は昨日麓にやって来た存在に気づいていた。

 そして、その存在の魂のあり方が今まで見てきた誰とも異なる事にも気づき、興味を抱いている。


『ここに来るのかな? だったらいいなぁ、楽しそうだ』


 クスリと笑みを浮かべた声の主は、気になる存在が足を踏み入れた時に備えて準備を整える事にした。

 それがどのような準備なのかは彼にしか分からない。しかし、それがろくでもない事であるのは確かだった。


『さーて、どんな魔獣を配置しようかなー。猛吹雪の中を自由に動き回れる強い魔獣じゃないとつまらないよなー』


 口にしている内容は物騒この上ないのだが、その声音はとても弾んでおり楽しそうだ。

 事実、声の主の表情は笑んでおり、ブリザードマウンテンのはるか上空から山を見下ろしている。

 人型をしている声の主は入山してすぐの場所に下級魔獣を、山頂へ近づくにつれて中級魔獣、上級魔獣と強さを変えて配置していく。

 普通であればそのような事はできない。何せ、魔獣とは人の言う事など聞かない絶対的な悪の存在だからだ。

 ならば何故、声の主にそのような事ができるのか。


『ふっふふーん、どうなるかなー』


 声の主は漆黒の長い髪をなびかせながら、魔獣だけではなくブリザードマウンテンの中にも細工を施していく。

 夏場、多くの人間が足を踏み入れる時には存在しないものを両手を前に突き出し、何かを操作するように指先を動かす。

 麓では誰も気づいていないが、指が動かされるたびに山の中ではゴゴゴゴと地鳴りに似た音が鳴り響き、土に埋もれていた場所に空間が作られていく。

 それは人間たちの間でと呼ばれるものであり、多くの冒険者が一攫千金を目指して探している場所でもあった。

 現在確認されているダンジョンも人間が普段は寄り付かない場所に存在しており、冒険者の中でも上級冒険者にしかその場所は解放されていない。

 しかし、ブリザードマウンテンの、それも冬場のブリザードマウンテンにしか存在しないダンジョンは、いまだかつて確認された事のないものだった。


『最奥には僕がいるとして、宝物は何をあげようかなー。まあ、それ以前に僕に勝てるとも思わないけどねー!』


 冒険者が一攫千金を目指してダンジョンを探している理由の一つには、金銀財宝が眠っている事が多くの場合で確認されているからだ。

 最奥に存在する宝が最も価値の高いものだと言われているが、道中に存在している宝でも貴重なものが多くある。

 気になる存在がダンジョンまで辿り着けるのか、もし辿り着けたとしても最奥まで到達できるのか、それは声の主にも分からない。

 しかし、声の主は直感的に気になる存在が自らの場所に辿り着くだろうと確信を持っていた。


『……そうだ! これなんかどうかなー? でも、持っているみたいなんだよねー。うーん……まあ、多くて悪い事もないし、これでいいかなー!』


 声の主が何者なのか、それを知る者は本人しかいない。

 だが、猛吹雪が吹き荒れるブリザードマウンテンの上空に浮き上がり、魔獣を自由に配置し、ダンジョンまで作る事ができる存在が普通であるはずもない。

 声の主が気になっている存在――ジンは、またとんでもない相手に目をつけられてしまったのだが、その事を知る由もなかった。

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