麓の村・ブリセット

 特にカズチが言いたいのは、何故この季節にと言いたいんだろう。

 まあ、僕もさすがにやっちまったなー……とは思ったよ。何せ、今は冬だからなぁ。


「まあまあ。魔法があるから寒さは防げているだろう?」

「そうだけど、足場が悪すぎるんだよ! 馬の事を考えろっての!」

「一応、雪の中を歩ける重馬なんだから大丈夫だよー!」

「雪の中で、さらに山を登るんだぞ!」


 ……うん、カズチの言う通りだなぁ。

 しかし、すでにブリザードマウンテンの麓まで来てしまっている。

 吹雪いていてはっきりとは見えないが、遠くの方には麓の村の影も見えてきているのだ。

 ここで引き返してしまえば時間がもったいないので、とりあえず麓の村まで向かう事にした。


「これ、絶対にまた問題に突っ込んでいってるよなぁー」


 ……ねえ、カズチ? そんなフラグみたいな事を言わないで欲しいんだけどなぁ。


 そうして到着した麓の村はブリセットという名前だった。

 ブリザードマウンテンに入山して素材を集める冒険者は多いようで、そういった者のために作られた宿場町になっていると門番が教えてくれた。しかし――


「こんな季節にやって来る奴なんて、そうそういないぞ?」

「ほら見ろよ!」


 門番の一言にカズチが追従し、僕はあははと空笑いをするしかなかった。

 とはいえ、来てしまったものは仕方がないのでとりあえず宿屋を探す。

 当然と言えば当然なのだが、宿屋の店主にもお客さんが来たと驚かれてしまった。


「空いてはいるが……お前たち、何しに来たんだ?」

「あー……まあ、自由に旅をしていまして、なんとなくあの山へ向かおう、みたいな?」

「それで真冬の時期にブリザードマウンテンにってか? ……バカか?」


 酷い! ってか、みんなも頷き過ぎだよねえ!


「まあ、俺としては臨時収入が入るからありがたいがな!」

「臨時収入って……やっぱり、この時期にお客さんはほとんど来ないんですか?」

「そりゃそうだろう。ブリザードマウンテンに入山する前に、ブリセットに来るのすら大変なんだからな!」


 ガハハと笑い語っているが、それは宿屋としてどうなんだろうと思わなくもない。

 だが、それで成り立っているのだからそれがブリセットならではのやり方なのだろう。


「ってか、坊主たちは何をしているんだ? 確か、キャラバンとか言ってたか?」


 店主からの質問に、俺は魔法鞄マジックパックから武具だけではなく、宿屋で使われそうな包丁なども取り出した。


「僕は鍛冶師でして、このような刃物類を販売して回っています」

「坊主が鍛冶師だあ? ……まあ、少しくらいは見させてもらってもいいか」


 明らかに子供の作品を見る感じだが、これも慣れたもの。最初の冒険者たちも似たようなものだったしな。


「……あぁん? 坊主、これは本当にお前が打った包丁か?」

「そうですよ? 言っておきますが、これでもカマドの生産クラン『神の槌』に所属していたんですから」

「んなあっ!? ……なるほどなぁ。それなら、納得はできるが……ここまでなのかぁ」


 おや? 今回の反応は予想外だった。

 たいていの場合は『神の槌』の名前を出しても虚偽だと思って訝しむ奴が多いんだが、店主はあっさりと信じてくれた。


「疑わないんですか?」

「ん? あー、まあ、俺も多少は鍛冶の心得があるんだが、ここにある作品には全て癖みたいなのがあるからな。外からかき集めた作品じゃないって事はすぐに分かる。そうなると、誰かが一人で打っているってのが分かるのさ」


 僕の作品に癖なんてあるのだろうか。鍛冶師として結構な年数を過ごしているが、自分でも分からない事があるんだなぁ。


「そんで、これを打ったのが坊主ってんだから驚きだがな!」

「毎回疑われるんですけどねぇ」

「そりゃそうだろうな。だが、坊主の手を見れば職人だってのは分かるさ」


 冒険者は職人ではないから分からないって事か。

 しかし、多少と言っているが心得のある人から認められたような気がして嬉しくなる。


「ちなみに、この包丁はいくらなんだ?」

「大銅貨2枚です」

「はあっ!? ……なあ、安すぎないか?」


 そりゃそうだろう。店主が持っている包丁は、本来であれば小銀貨1枚の商品である。


「宿代を少しばかり安くして貰えると助かります」

「なんだそりゃ? それでも安すぎるって言ってんだよ!」

「まあまあ。僕としては作品を褒められた事も嬉しいですし、一発で僕が作った作品だと見抜かれた事も嬉しかったので」

「…………まあ、俺としてはありがたいんだが、本当に大銅貨2枚でいいのか?」

「はい」


 ならばと店主はその場で大銅貨2枚を支払ってくれた。


「そうそう、宿泊代はいらないぞ?」

「え? いや、僕は安くして貰えたらって言っただけで、タダでとは言ってないですよ?」

「坊主が嬉しかったように、俺もこの作品を手に入れる事ができて嬉しかったんだよ!」


 豪快な笑みを浮かべた店主を見て、僕はこれ以上何かを言うのは野暮だと判断した。


「……分かりました。ありがとうございます」


 というわけで、僕たちはタダで宿屋を確保する事ができたのだった。

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