しばらくの滞在とお忍びの……

 ――……はぁ、もの凄く疲れた。いや、精神的に来たな。

 まさかこの歳になってまで説教を長時間聞くことになるとは思わなかった。


「あれはどう見てもジンが悪いだろう」

「僕だって考えての発言だったんだけどな」

「それが父上たちの厚意を無下にするものだったら仕方ないんじゃないかな?」

「ぐぬっ! ……まあ、そうかも、ごめん」


 ユウキの言葉に僕はしばらく考えてから、その通りだと思い素直に頷く。


「とはいえ、すぐに出発は確かに危ないと俺も思うぞ?」

「あの間者、いったい何を調べていたんだろうね」

「僕もそこは気になるところだ。王都襲撃事件を引き起こしたゼリングランドの間者って事だから、やっぱり国家転覆かな?」

「うえぇ。そんな話、俺はマジで何もできないぞ? ただの錬成師なんだし」

「カズチの錬成はすでに一流なんだから、役に立つと思うけど?」

「止めてくれよ! 俺、お前と一緒に自由に国を見て回りたいだけなんだからな?」


 それは僕も同じ気持ちだよ、カズチ。

 しかし、あの間者……ロンだったか、めちゃくちゃ強いんじゃないか? 素手で人の体を貫いていたし。


「あれ、グロかったな」

「うん。僕も結構な修羅場を潜ってきたけど、あれはさすがにないわ」

「人間のは見た事なかったけど、魔獣のは見た事あったから僕は割と平気だったかも」


 予想外の答えがユウキから返ってきて、僕とカズチがジト目を向ける。

 冒険者で魔獣を貫いたり、解体する時に見るとは思うけど、人間のあれがあれで飛び出す光景を割と平気とか、言っちゃあダメな気がするんだけど。


 ――コンコン。


 僕たちが雑談をしていると、突然部屋のドアがノックされた。


「はい」

『――お休みのところ申し訳ございません、皆様』

「ラッフルさん?」


 ライオネル家でお世話になっている間、僕たちを呼びに来てくれるのは別のメイドさんだった。筆頭執事のラッフルさんはユージリオさんとレイネさんの世話をしているからだ。

 だが、今回はそうではない。という事は、何か問題が起きた可能性がある。

 ユウキは急いで立ち上がりドアを開けると、ラッフルさんが少し困ったような顔で立っていた。


「どうしたんですか?」

「実は、その……コープス様にお客様がおいででございまして」

「……僕に?」


 僕がライオネル家に滞在している……いや、ベルハウンドに来ていること自体、あまり知られていないはずだ。

 それを知っていて、しかも上級貴族のライオネル家を訪ねてまでの来訪者。さらに言えば、夕食を終えた遅い時間での来訪と、筆頭執事のラッフルさんを困らせるような人物って……え、マジで誰だよ。

 僕がそんな事を考えていると、ラッフルさんがユウキに何やら耳打ちをしている。

 最初は真剣な面持ちで話を聞いていたユウキだったが、徐々に口が開いていき、最終的には青ざめたまま固まってしまった。


「……えっと、ユウキ? その、マジで何があったの? 誰なの?」


 僕の問い掛けに、まるでロボットのようにカタカタと首をゆっくりと動かしてこちらを向いたユウキが一言こう呟いた。


「…………王様」

「「……は?」」

「……王様が、ジンに会いに来た」

「「…………はああああああああぁぁぁぁっ!?」」


 そりゃあラッフルさんも困るだろうさ! っていうか、ユージリオさんはどうしたのよ! いや、王様がこんな夜更けに……絶対にお忍びだろうけどやって来たら、さすがに追い返せないよね! それを知っててやって来たなら、この王様はなかなかに面倒くさい相手だぞこれは!


「申し訳ございません、コープス様。わたくしどもといたしましても追い返せず、さらにコープス様が滞在している事もご承知だったようで……」

「あー、いえ、相手は王様ですし、仕方ないかと」

「それで……会っていただけませんか?」


 ですよねー。そこで断ったら、間者の問題以上にライオネル家に迷惑を掛けちゃうもんねー。


「……はい、会います」

「ようございました! では、ご案内いたしますので、こちらへお願いします」


 ホッとした表情のラッフルさんに促されて僕はイスから立ち上がりドアの方へと向かう。だが――


「……え? 二人は?」

「いや、僕たちはお呼ばれしてないし?」

「一介の錬成師が会える立場じゃねえよ!」

「…………酷い」

「「酷いのはどっちだよ!」」


 というわけで、王様と面会するのは僕だけとなりました。

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