閑話:ゾラ・ゴブニュ
――カラン。
グラスに氷と酒を注ぎながら、儂は小僧との会話を思い出していた。
別の世界、異世界の知識を持ったままこちらの世界にやって来たということじゃが……相当に悩んだじゃろうなぁ。
小僧も言っていたが、あちらの世界の知識というのはとても貴重なものが多い。儂らの役に立っているのは算盤という道具じゃろうか。
それに、小僧の言い方じゃと世界を滅ぼせるほどの知識も持っていそうじゃし、イメージ力が大事になる魔法と組み合わせると……うむ、考えるだけで恐ろしくなるわい。
小僧という人物が、極端に生産職を愛する性格で本当によかったわい。
「じゃが、そのことが知られれば色々と騒動に巻き込まれることになるじゃろうなぁ」
英雄と冠するスキルについて、王は何かを知っているようじゃった。あの時語ったことが全てでもないだろう。
小僧が言うにはエジルが異世界の人間ではないということじゃし、英雄と冠するスキルを持つ者が全員同じということもないはずじゃ。
であれば、王が小僧の知識について知っているとは考えにくいか。
「絶対に教えられないのう」
教えてしまえば、どんな手を使ってでも手に入れようとするかもしれない。
今はまだ儂のところにいるから様子見をしているだけじゃろうから、キャラバンを立ち上げてカマドを出ると分かればすぐに接触を図ってくるじゃろう。
「しかしキャラバンとは、面白いことを考えるものじゃのう」
よくよく考えれば、小僧がこの世界で何かを成すとするとこれ以外にない気がしてくる。
一所に留まっておくには惜しすぎる能力を持っているのだから、世界中を転々とすることでその場所で何かしらを成し遂げてくれるじゃろう。
もしかすると、歴史に名を残すような人物になるやもしれん。それこそ、先導者のようにのう。
「いったいどちらの見解が正しいのかは分からんが、小僧が世間一般的に知られている先導者と同じにはならんじゃろう」
村の人々を先導して国と戦わせた先導者、今のベルドランドを興したと言われている人物。
小僧は先導者も自分と同じ異世界からの転生者ではないかと言っておった。
そのように理解しているのであれば同じ過ちを犯すようなことはせんだろうが、ここにいる間は儂がしっかりと手綱を握っておかなければならないのう。
「……いや、すでに色々とやらかしてはおるか」
その一つが目の前のテーブルに置かれている槌をイメージした置物じゃ。
これほど精巧に作られた置物を儂は見たことがない。組み合わせるにしても、少しでもズレがあればきれいにはまらないし、ガタガタと動いて割れてしまうじゃろう。
それを完璧なサイズで錬成しているのだから驚かないわけにはいかない。
小僧はまるで冗談だと思っていたようじゃが、儂もソニンも同じことができるかと問われれば……絶対にできるとは言い切れないのう。
「儂も、まだまだ精進が足りないのう」
もちろん儂は鍛冶師であり、錬成に関してはソニンがいる。
それでも、生産職のトップに数えられている以上は弟子に抜かれて嬉しい気持ちはあれど、それ以上に悔しい気持ちの方が大きいのじゃ。
「久しぶりに、錬成の方で鍛錬をしてみるかのう」
美しい槌の置物を酒の肴として眺めながらグラスを傾ける。
……いかん、いかん。酔ったままで錬成をしては失敗の原因になってしまうかのう。
「明日からやるか……うーん、しかし考えれば考える程、目が冴えてきてしまったのう」
……よし、一回だけじゃ。一回だけ錬成をして、そしたら休んで明日から本格的に鍛錬じゃわい。
そう思い立ち上がって錬成部屋へと移動する。
……結局、儂は朝まで錬成を繰り返したことがソニンにバレて怒やされてしまったのじゃ。
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