初めての年越し
みんなにお礼の品を渡してから数日が経ち、ついに大晦日を迎えた。
本部の人もほとんどいなくなり、とても静かな大晦日──かと思いきや、とても賑やかな夜になっていて正直驚いている。
「ガハハハハッ! さあさあ、みんな飲むんじゃ! 飲んで騒いで楽しくやるぞ!」
「ゾラ様、あまり職人たちを酔わさないでください」
「そうですよ、ゾラ様。ソニン様の言う通りです」
「ソニンもザリウスも飲め飲め! ガハハハハッ!」
一番騒いでいるのが棟梁であるゾラさんなのだから、ソニンさんとホームズさん以外の職人は苦笑いしながら飲んでいる。
「なんだか、前にも似たような光景を見たことがあるような」
「あー、ケルベロス事件の後にあった打ち上げか?」
「そんなこともあったね!」
「ピキャキャー!」
俺はというと、ゾラさんたちから離れた席でカズチとルルと子供だけでジュースを飲みながら食事を楽しんでいる。
場所は本部の食堂であり、食事はミーシュさんの手料理だけではなく出前も取っていた。
こんな日にまでミーシュさんを働かせるわけにはいかないと、ゾラさんが気を遣ったらしい。
「ルルはよかったの? 休みたかったんじゃない?」
「私は本部にいるから、こういう時くらいは料理長の代わりをやらなきゃね!」
以前にも言っていたが、作られている料理はどれも温めるだけで美味しく食べられるものばかり。
ミーシュさんがお休みをもらった代わりに、ルルが台所で温める作業を行っているのだ。
「それに、もう今日の分はないから食べるだけだもんね」
「温めるだけっていっても、どれもこれも美味しいんだな」
「さすがはミーシュさんだよね」
カズチの言葉には僕も同意見だ。
どれもミーシュさんならではの家庭の優しい味がホッとリラックスできるんだよね。
「私ももっと勉強しなきゃだなー」
「ルル、今日くらいは仕事のことを忘れて楽しもうぜ!」
「そうだよ。楽しく食べて、ジュースを飲みながら、騒ぐゾラさんを眺めておこう」
「……ジン君、なかなか酷いこと言うようになったよねー」
そうかな? だって、ゾラさんだし、今も大ジョッキを片手に大騒ぎだし。
「しかし、打ち上げと同じって言うなら、そろそろお声が掛かるんじゃないか?」
「そうかもね。あの時のジン君、大変だったもんねー」
「えぇー。……ちょっとだけ、トイレに行ってこようか──」
「こじょー! どこにおりゅんじゃー!」
「「「…………はぁ」」」
二人が言った通りに、ゾラさんからご指名が入ってしまった。
「……いや、小僧と言っただけで僕と決まったわけでは──」
「ジーン! こじょう、どこじゃー!」
「ジンだな」
「ジン君だね」
「…………はぁ」
これは逃げられない。
ジュースを片手に嘆息しながら完全に酔いが回っているゾラさんこテーブルへ向かう。
「ここにいますよー」
「おぉっ! こじょうもにょめ!」
「僕は子供なのでジュースをいただいてますよー」
「しょうかしょうか! ガハハハハッ!」
……僕、なんで呼ばれたんだろうか。
「すみません、コープス君」
「いえ、こうなることは予想済みだったので」
「こうなると、コープスさんの方が大人のように見えてきますね」
ホームズさんの言葉に内心で『大人なんです』と呟きながら苦笑を浮かべる。
というか、ゾラさん。酔った勢いで僕の正体をバラしたりしないよな。
「ことしいちにぇんは、いままででいちばんおもしろいとしににゃったにょう」
「……すいません、ものすごく聞き取り難いんですけど!」
まあ、朝まで語り合った時にも似たようなことを言っていたのでなんとなく理解できたからよしとしよう。
「ゾラさんの相手は私とザリウスさんでやりますから、コープスさんはカズチたちと一緒に楽しんでください」
「大丈夫なんですか? その、この状態のゾラさんの相手って」
「まあ、慣れたものですから」
慣れたものって、そう言っているホームズさんがどこか遠いところを見ているような気がするのだが気のせいだろうか。
しかし、任せろと言うからには僕は危険から身を遠ざけようと思う。
「にゅ! こじょう、どこにいくんじゃ!」
「はいはい、ゾラ様は少し落ち着きましょうね」
「こちらは水です」
「ジャリウスよ、みじゅはいらんじょ、みじゅは!」
「それではこちらをお酒だと思って飲んでください」
「にゃんじゃ、酒なのか! ガハハハハッ!」
……この人、酔ったらなんでもお酒になるんかい。
僕はゾラさんのテーブルから離れて再びカズチとルルと合流する。
「ピー……キャー……」
「ガーレッドちゃん、ずっと眠そうなのよね」
ガーレッドに危険が及ばないよう二人に預けていたのだが、ずっとテーブルの上でうとうとしていたようだ。
「ガーレッド、先に眠っとく?」
「……ピー……ビギャギャ!」
「これは、起きてるって言ってるのか?」
「そうだね」
眠たそうな目を大きく開いてこちらを見ているガーレッドを見てしまったら、カズチにも何を言いたかったのかすぐに分かったようだ。
「無理はしないでね」
「ビギャン!」
「もうそろそろ夜の五の鐘──年越しだね」
「頑張れよ、ガーレッド」
「ビギャギャン!」
その後、僕たちはガーレッドが寝ないように一緒に遊んで過ごした。
しばらくすると──
──カーン、カーン、カーン、カーン、カーン。
夜の五の鐘が鳴り響き、至るところから『新年だー!』『おめでとう!』と声があがった。
「ピー……ピギャピギャ」
一番眠そうにしているガーレッドが頭を下げて挨拶の真似事をしている。
しかし、そのままコテンと転がり眠ってしまった。
「……あはは!」
「まあ、ガーレッドは頑張ったな!」
「いつも寝る時間を大分過ぎているもんね!」
僕たちは大笑いした後に、改めて口を開いた。
「今年もよろしくね。カズチ、ルル!」
「あぁ、こちらこそよろしくな!」
「よろしくお願いします!」
挨拶を終えた僕たちは全員でゾラさんのテーブルへと向かい、そして他の職人たちにも挨拶をしてから食堂を後したのだった。
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