冬支度二日目⑥
そして、僕はお礼の品を作り始めてからずっと心に決めていたことをゾラさんに告げることにした。
「あの、ゾラさん……伝えたいことがあるんです」
「……なんじゃ?」
ゾラさんは笑みを浮かべているが、その瞳は全てを受け止めると語っているように感じる。
それくらいの緊張感が部屋の中に漂っているのだ。
もしかしたら、ゾラさんは僕が何かを隠している、記憶喪失ではないことに気づいていたのかもしれない。
「……僕は……僕は――この世界の人間ではないんです!」
……言った……言ってしまった。
ずっと隠して来たこと、誰にも口にしていないことを伝えてしまった。
でも、最初に誰かに伝えなければならないとしたら、その相手はゾラさんだと決めていたのだから悔いはない。
ただ、このことを伝えたことで嫌われたり突き放されてしまったらどうしようという思いが頭をよぎり、ずっと伝えられずにいたのだ。
「……そうか」
「……はい」
「……」
「……えっ?」
「んっ? どうしたんじゃ?」
「いや、それだけなのかなって」
「それだけじゃが?」
……ちょっと、いやいや、僕の不安や緊張を返してくださいよ! それだけってどういうことよ!
いや、別に嫌われたり突き放されたりしたかったわけじゃないけど、なんかもう別に言い方があるでしょうに!
「……まあ、なんとなく気づいておったからのう」
「……やっぱり、そうでしたか?」
「うむ。それも、出会った初日からのう。ソニンも神の落し子ではないかと言っておったよ」
「神の、落し子?」
そういえば、前にもゾラさんがそんなことをぼそりと呟いていたような。神の落し子というのは、いったい何なのだろうか。
「神の落し子というのは、御伽噺や童話に出てくるような突拍子もない存在のことじゃ。普通では考えられない力を持っていたり、知識を持っていたり、技術を持っていたりとな」
「それが僕に当てはまると?」
「そりゃそうじゃろう。オリジナルスキルに関しては稀に現れるし、儂らの知らないことの方が多いから置いておくとしても、小僧の知識は異質じゃったからのう。初日でホームズのことを指摘してきたじゃろう、あれがきっかけじゃよ」
あれは僕の生産に集中できる環境を作る為に口出ししたことだったけど、やっぱりおかしかったのか。
「記憶喪失の小僧が……いや、そうでなくても普通は子供がそんなことを言えるはずもない。故に、何か隠していると考えた。そして、ソニンから神の落し子という話を聞いて、もしやとは思っておったんじゃ」
「……それじゃあ、どうしてその事を僕に聞かなかったんですか?」
そのような異質な子供を懐に入れるなんて、相当な不安が付きまとっていたのではないだろうか。
僕は知らず知らずのうちにゾラさんへ大きな負担を与えていたのではないだろうか。
そんなことを考え始めると、ゾラさんは先ほどとは異なり乱暴に僕の頭を撫でてきた。
「い、痛いですよ、ゾラさん!」
「ふん! また変なことで悩んでいるようじゃったからのう、これくらいがちょうど良いわい!」
「へ、変なことって……」
これでも僕にとっては重大な悩みなんですけどね。
「して、小僧の本当の年齢はどれくらいなのじゃ?」
「えっ?」
「小僧の考え方は全て大人に近い考え方をしておる。まあ、時折見た目通りの主張をすることもあるが、そこは本人の問題なのだろう」
ぐぬっ! ……す、鋭い。
「それで、年はいくつだったのじゃ?」
「……二八歳です」
「二八歳じゃと? 予想よりも若いのう……いや、子供みたいな主張をしてくるのだから妥当かもしれないのう」
「こ、子供、子供って言わないでくださいよ!」
「いや、儂から見ればその年齢は十分子供で小僧じゃよ」
長命種のドワーフと一緒にしないでください!
「なるほどのう。まあ、これで色々と謎だった部分に納得がいったわい」
話を聞いてみると、大人びた助言や主張はもちろんだが、時折自分のことを僕ではなく俺と呼んでいたこと、口調が変わったりしていたところを見ていたので気になっていたらしい。
「ご、誤魔化されませんからね! それなら最初から僕に直接聞いた方が早かったじゃないんですか?」
「まあのう。じゃが、そこは儂が急かすわけにはいかんじゃろう。小僧も、相当な覚悟をもって伝えてくれたのじゃろう?」
……そうか、そうだよな。ゾラさんはそう言った気配りもできる人だったよね。
自分から聞いてしまえば答えなければならないと思わせてしまうかもしれないと、あえて言わずに僕から伝えてくれるのを待ってくれていたんだ。
「……ありがとうございます」
「気にしておらんよ。それに、こうして伝えてくれたからのう」
そして、ゾラさんは慈愛に満ちた笑みを浮かべて僕に手を差し出してくれた。
「小僧は……いや、ジンは『神の槌』にもカマドにも収まる器ではない。いつの日か旅立つ日も来るじゃろう。その時までは、儂のことを父と思って頼ってくれ」
「……はい!」
あぁ、ゾラさんに話せてよかった。
ずっと心の中で引っ掛かっていたしこりがすっかり無くなると、とてもスッキリとした気分になる。
その後、僕とゾラさんは夜中まで語り明かした。
その中にはキャラバンのことも含まれていたのだが、そちらについても快く受け入れてくれただけでなく、ちょっとしたアドバイスまでしてくれたのだ。
僕はこの日のことをこれからずっと忘れないだろう。それほどに充実した一日となったからだ。
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