ルルとミーシュ

 込み合う時間帯を少し過ぎていることで食堂は比較的空いている。

 僕は注文を取ろうとカウンターへ移動するとルルが台所から顔を出してくれた。


「こんばんは、ジン君、ガーレッドちゃん!」

「こんばんは、ルル。いつものオススメでお願いできるかな? それとガーレッドには――」

「新鮮な野菜と果物ね!」

「ピキャン!」


 笑みを浮かべながらそう口にしたルルが台所に引っ込んでいったので、僕は空いている机に移動して料理を待つ。

 もしかしたら……と思っていると、予想通りに僕が頼んだオススメが二つトレイに乗っていた。


「ルルも休憩に入れたんだね」

「あはは、忙しい時に逃しちゃったからねー。でも、ジン君がこの時間に来てくれてよかったよー」

「ピキャキャーキャーン!」

「ごめん、ごめん。ガーレッドちゃんもだよ!」

「ピキャーン!」


 何気ない会話を楽しみながら食事に舌鼓を打っていると、こちらは予想外の人物から声を掛けられた。というか、トレイを持ってきた。


「お疲れさん、ジンにルル! ガーレッドもね!」

「お、お疲れ様です、料理長!」

「ピキャキャン!」

「ミーシュさんも今から休憩ですか?」

「そうだよ。あたいは基本、いつも最後に入るからね」


 椅子に腰掛けると肩を回しながら大きく息を吐き出した。

 ここ最近の食堂は戦場のようになっていたので相当疲れが溜まっているんだろうな。


「肩でも揉みましょうか?」

「なんだい突然、気持ちが悪いねぇ」

「酷い! 純粋な善意なのに!」

「あはは! 冗談だよ。それじゃあ、お願いしようかね」


 すでに食事を終えていた僕は立ち上がってミーシュさんの後ろに回ると少しだけ無属性魔法を使いながら肩を揉んでいく。


「……へぇ、上手いもんだねぇ」

「そうですか? それはよかったです」

「私は肩もみされたらくすぐったくなっちゃうなー」

「それは凝っていない証拠だから別に構わないんじゃないかな」

「そうだよ、ルル。カッチカチになったら気をつけるんだよ。なんなら、ジンにお願いして肩を揉んでもらうのもありだと思うがね!」

「僕はマッサージ師じゃないんですけどー?」


 あははと笑っていると、ルルも食事を終えたようで僕のトレイと一緒に片付けに行ってしまった。

 その背中を見ていたミーシュさんがおもむろに口を開く。


「あの子は、そろそろ卒業かもねぇ」

「料理人見習いから料理人になるんですね」

「……いいや、料理人をだよ」

「……えっ?」


 あまりにも意外な発言に僕は変な声を漏らしてしまう。

 でも仕方がないと思う、だってルルは料理人になる為に頑張っていたはずだもの。


「ど、どういうことですか、ミーシュさん?」

「ルルは、料理人以上にふさわしい職業があるんじゃないかと思うんだよ」

「それって……魔導師ってことですか?」


 僕の言葉にミーシュさんは無言で頷いた。


「でも、ルルは魔導師学校で嫌な思いをしたから料理人になろうと思ったんですよね?」

「それは昔の話だろう? 最近のルルは、料理のこと以上に別のことを考えているように見えるんだよ」

「それが魔導師ってことですか?」

「おそらくね」

「……僕が、ルルに魔法との関わり合いを作ってしまったから、ですよね」


 ガーレッドの為に、魔法を使えるようになる為に、魔導スキルの勉強の為に、僕はルルに魔法を使ってもらったり教えてもらったりと関りを持たせてしまった。

 そうでなければルルは今も料理のことを一途に考えていたに違いない。


「ジン、何を言っているんだい? あたいは嬉しいと思っているんだよ」

「……でも、それだとルルが料理人を辞めることに」

「あくまでもルルが考えることで、これはあたいの勝手な推測さ。でもね、もしそうだとしたら、未来へ繋がる可能性が高い方へ進んで欲しいとあたいは思うよ。ルルもジンも、まだまだ子供なんだからね」


 振り返ったミーシュさんは満面の笑みを浮かべていた。

 キャラバンのことは話していないのだから、どうやら今回も顔に出ていたらしい。もしかしたら他にも僕が何か考えごとをしているのだと気づいている人もいるかもしれないな。


「……そうですね」

「もしルルが進む道にジンがいるとしたら、一緒に連れて行ってくれないかい?」

「それは、ルルが決めることですよ。でも、そうなったとしたら僕に断る理由は一つもないですね」

「そうかい、ありがとね」


 ミーシュさんとの内緒の会話が終わってしばらくするとルルが片づけを終わらせて戻ってきた。

 今日はもう上がっていいと言われたルルと一緒に食堂を後にした僕は、廊下を歩く僅かな時間も楽しい時間となり、そして別れたのだった。

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