ラトワカン調査

 野営地の準備が整い、マリベルさんが斥候から戻ってきた。

 報告によると、ラトワカンの魔獣はほとんどが使い古された坑道の奥に引きこもっているらしい。

 普通なら山道を自由気ままに動き回り、迷い込んできた動物を食し、力尽きた同胞をも食して生を繋いでいる。

 だが、今の状況はその連鎖がままならない状況らしい。


「うーん、やっぱり上位の魔獣が現れたと見るべきだねぇ」

「それはヴァジュリアよりも上位ってことですか? 確か中級魔獣って聞いてますけど」


 中級魔獣より上位ってことは……自ずと上級魔獣、ケルベロスと同等の魔獣になってしまうんだけど。


「そうなっちゃうかなー」

「か、軽く言いますね!」


 マリベルさんはとぼけた感じで話しているので僕がツッコミを入れた。

 ……のだが、本来はここでツッコミを入れるはずのソニンさんが苦笑を浮かべるに止めており、グリノワさんに至っては笑っている。

 下級冒険者のユウキとフローラさんだけは真顔のまま表情が固まっているが、さっきの話通りであれば陣容が充実しているということだろうか。


「私だけじゃなくゴルドゥフさんもいるんだよ? ユウキ君の実力も中級冒険者に匹敵してるし、何よりフローラちゃんの回復魔法だよね!」

「わ、私ですか?」

「そうだよー。回復魔法持ちがいるだけで生還率もそうだけど、依頼の達成率も跳ね上がるんだからね!」

「くくく、そういうことじゃな。警戒は常にしておくが、そこまで悲観的になることはないじゃろう」

「でも、イレギュラーですよね?」


 普段とは違うラトワカン。

 魔獣ですら感じ取っている異変を悲観的になることはないって言い切れるグリノワさんやマリベルさんがそれだけ強いってことだろうか。

 グリノワさんの実力は王都事件の時に目の当たりにしているから疑いようはないけど。


「そこは機動力があるから問題なーし!」

「機動力? ……あー、そういうことか」

「ブルヒヒヒン!」


 僕がハピーに視線を向けるとやる気に満ちた表情で鼻息を荒くしている。


「ハピーの機動力があれば、上級魔獣を見つけた時にすぐにでも知らせてくれるし、バレた時でも逃げ切って戻ってきてくれる。戻ってきてくれれば迎え撃てるわけだしね」

「マリベルさんより、ハピーが重要?」

「ちょっとジン君、ひどいわね! 私だって強いんだからね!」

「ガハハハッ! まあ、お手並み拝見じゃのう!」


 頬を膨らませているマリベルさんにグリノワさんが大爆笑。

 野営地でそんなに大声を出していいのかと内心で思いながら、とりあえず今後の方針について決めることにした。


「当初の予定通りにヴァジュリアをおびき出す為の撒き餌を準備していきます」

「普通に設置していいのかしら? 今の状況だと空腹の別の魔獣が撒き餌に集まる可能性も出てきちゃうわよ?」

「それは仕方がありません。全ての撒き餌を監視しながらだと手が足りませんからね」

「了解。その役目は私とユウキ君でやろうかな。野営地の護衛はゴルドゥフさんとフローラさん、それにハピーも置いておくわ」

「よ、よろしくお願いします」


 少し緊張気味のユウキだったけど、マリベルさんは快活に笑い大丈夫だとはっきりと口にした。


「ユウキ君なら問題なーし! それに私も一緒にいるのよ?」

「……ありがとうございます」

「それではマリベルとユウキ君に撒き餌の設置はお願いします。こちらでは食事の準備をしておきたいと思います」

「やったー! フローラちゃんの料理は美味しかったから楽しみなんだよねー!」

「が、頑張ります!」


 気合を入れたフローラの姿に全員が笑みを浮かべて、マリベルさんとユウキは早速撒き餌を設置する為に出発した。

 料理以外にやることのない僕たちはそのまま準備を始めたのだが、グリノワさんは周囲の岸壁を見つめながら何やらぶつぶつと呟いている。


「グリノワさん、どうしたんですか?」

「んー? いやのう、ここは廃坑になっていると聞いたんじゃが……うーん、そうか」

「……も、もしかして――」

「ジン様ー! こちらを手伝ってもらってもいいですかー?」

「あっ、はーい!」


 気になることはあったけど、後から確認してもいいかと思い僕はフローラさんのところに戻った。


 ソニンさんとも協力して料理を作っていると、斥候も兼ねて撒き餌を設置しに行っていた二人が戻ってきた。

 だが、マリベルさんは頭を掻きながら困った顔をしており、ユウキは大きく肩を落としている。


「何かあったのですか?」


 この状況にソニンさんがすかさず声を掛けると、マリベルさんが申し訳なさそうに口を開いた。


「えっと、魔獣が姿を見せたからユウキ君に経験を積ませる為に討伐を任せたんだけど……」

「失敗したのですか?」

「いや、討伐は問題なくできたよ。だけど……」


 言葉を切ってユウキに視線を向けるマリベルさん。

 すると、ユウキは自分の愛剣である短剣ショートソードを抜いたのだが――


「お、折れちゃいました」


 まさか、ラトワカンでの野営一日目にしてユウキの武器が壊れてしまったのだ。

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