ジンの鬼指導

 休憩を終えてからというもの、僕はシルくんに付きっきりで風属性魔法を教え続けた。

 ユウキも一緒に付いてくれており、シルくんに魔力枯渇の兆候が見られた場合にはすぐに止めてくれることになっている。

 ホームズさんは口出しはしないまでも、その視線はシルくんに注がれているので何か間違いが起こることはまずないだろう。

 ということで、僕は指導に集中できるというわけだ。


「まずは近くにあるものを引き寄せることから始めよう」


 そう告げるとすぐ目の前に落ちていた葉っぱを五枚拾い上げると一メートル先くらいに並べる。

 そして、風属性を発動させた僕は全ての葉っぱを手元に寄せ集めた。

 その様子を固まったまま見つめていたシルくんだったが、すぐに首を横に振ると視線を僕に向けてくれた。


「最初にイメージすることは、向かい風が吹いてくることだよ」

「向かい風ですか? 自分が風を出すんじゃなくて、風を受けるってこと?」

「そうだね。自分から風を出すってイメージは比較的やりやすいんだけど、何もないところから風を吹かせるっていうのは意外とイメージしにくいんだ」

「……確かに、どこから風を出したらいいのかがイメージしにくいですね」


 イメージを膨らませようとしていたシルくんだったが、上手くいかなかったようだ。


「今の時点で五メートル先まで風を吹かせることができるわけだから、葉っぱから奥に一メートルくらいの場所から風を吹かせてみよう。そうだなぁ……これを目印にしてみてよ」


 シルくんの目印になるようにと、葉っぱから奥に一メートルくらいの場所の土を盛上がらせると、簡単な土人形を作ってみた。


「この土人形から風が吹くってイメージならやりやすいんじゃないかな」

「……こんな簡単に土人形を作る人もそうはいないんだけどね」

「……で、ですよね。なんだか、俺の中の常識が崩れていきそうです」


 頬をヒクつかせているシルくんには申し訳ないのだが、僕はシルくんに風属性魔法を教えるにあたり自重を一切しないことにしたのだ。だから、土人形くらいで驚かれるのは想定内である。


「シルくんは驚いているよりも風を操れるようになることだけを考えるようにね」

「は、はい!」


 時間は有限である。

 今日は一日時間を作ることができたけれど、次回があるのかも分からないのだからできる時にしっかりとやらなければならない。

 シルくんは大きく深呼吸を繰り返すと、土人形に右手を向けて風が自分に向いて吹いてくるようイメージを膨らませていく。

 すぐに上手くいくとは思っていない、何度か繰り返し行ってようやく葉っぱが動くかな? くらいだと思っている。


 ――フワッ。


 ところが、僕の予想とは異なり右端に置いていた葉っぱが風に吹かれてシルくんの方へ僅かながら動いたのだ。


「……い、今のは?」

「……シルくん、凄いよ! 一発でできるなんて、さすがに予想してなかったよ!」


 僕はシルくんの手を取ると何度も大きく上下に振ってしまっていた。

 何も言わないけれど、ユウキとホームズさんの表情を見れば驚いていることは明白だ。だって、目を見開いたまま固まっているんだもの!


「……でも、これはとても疲れますね」

「そうだね。魔力を自分ではなくて空間に流し込んで風を発生させているわけだからね」

「それを普通にやっていたコープスさんって……はぁ」

「僕のことはいいの。ユウキ、シルくんの体調は大丈夫かな?」


 明らかに疲れを見せているシルくんが心配になったので、確認の為にユウキへ声を掛けてみた。


「……少しだけ休もうか。まだできそうだけど、最初はどうしても魔力を無駄に使ってしまうことも多いから慎重にいこう」

「そうだね。それじゃあシルくんは少し休んでいてね」

「あ、ありがとうございます」


 そのまま地べたに腰を下ろしたシルくんを横目に、僕はユウキとホームズさんに声を掛ける。


「二人から見て、シルくんの成長はどう見えますか?」

「とても凄いと思うよ。さっき言っていたみたいに聞いたことを形にする力もあるし、センスもあると思う」

「そうですね。この調子なら、普通は一ヶ月近く掛かるだろうことも数日でマスターしてしまうのではないでしょうか」


 二人が手放しでそこまで褒めるとは、ここもちょっと予想外。

 でも、シルくんにセンスがあるのは指導を始めてから分かったことなので嬉しい限りだ。


「……これなら、どこまでいけるか楽しみになりますね」

「……冒険者として育てるのもありではないですか?」


 そして、ユウキとホームズさんがシルくんの将来を決めつけてしまいそうで怖くなった瞬間を見てしまった。

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