目標設定

 休憩はホームズさんとユウキが森に入りラーフを数分で討伐して戻ってくると、その場でバーベキューになった。

 頻繁にお肉を食べる機会がないシルくんは焼けて香ばしい匂いを放つ串焼きを凝視している。


「ぼ、僕だけこのような豪華なご飯を食べてしまっていいんでしょうか」


 それでも他の子供たちのことを考えている辺り、シルくんの優しさが見てとれる。


「余ったお肉はそのまま教会へお持ちしますから、皆さんで食べてください」

「い、いいんですか!」

「構いませんよ」

「あ、ありがとうございます! みんな喜びます!」


 ようやく笑顔になったシルくんに火が通った串焼きを手渡すと、一心不乱に食べ始めた。

 特に痩せているわけでもなく、食事に困っているわけではないだろうシルくんでもお肉を目の前にしたら凝視するほどである。

 神父様の言う通り、寄付があっても今の現状だと生活はまだまだ厳しいんだろうな。


「シルくんは今日の目標って決めてるの?」

「目標ですか? ……いえ、特には決めてません。今より上達できたらいいなって思っていたくらいなので」

「そっか……ユウキ、今までのシルくんを見た限りで構わないんだけど、どれくらいまでいけたら優秀かな?」


 僕では普通と優秀の基準が分からないのでユウキに助言を求めた。


「そうだね……シルくんは物覚えもいいし、修正力も持っているから、火属性なら時間は掛かるけど小さな魔獣なら燃やせるくらいにはなれると思う。風属性なら土を一〇メートル先まで飛ばせるんじゃないかな」

「い、今の倍の距離ですよ?」


 驚きと困惑混じりにシルくんが呟いている。


「シル君は私の目から見てもとても優秀です。自信を持って行動することが、更なる上達に繋がりますよ」

「……皆さん、ありがとうございます!」


 頬を朱に染めながら、シルくんは頭を下げた。

 二人が言うくらいだからやっぱりシルくんは優秀で、ユウキが立てた目標も妥当なのだろう。

 だけど、僕としては風属性をもう少し上達させたいと考えている。

 できるなら、神父様の掃除が手伝えるくらいまで。


「……よし、決めた!」

「決めたって、何を決めたの?」


 ユウキが首を傾げながら僕に質問をしてきたので、ふふふと笑いながら口を開く。


「一〇メートルまで土を飛ばせたら、近くのゴミを集められるようにしよう!」

「「「……えっ?」」」

「だから、神父様の掃除が手伝えるようにゴミを集められるようになろうって言ったんだよ」


 僕の発言に、三人とも瞬きだけを繰り返して動きをストップさせてしまった。

 ……うん、分かるよ。風を飛ばすだけで凄いと言われている中で、風を操ってゴミを集めようと言っているんだから。


「最終目標は、目に見えない高いところのゴミを集められるようにだけど、そこまでは難しいと思うので目に見える近場のゴミを──」

「ちょっと、ジン! ストップ、ストーップ!」


 僕の説明をユウキが大声で制止しようとしたのだが、こうなることは分かっていたので僕は構わず説明を続ける。


「シルくんは神父様の力になりたいんだよね?」

「えっと、その、はい」

「だったら、風を飛ばすだけじゃなく、少しでも操れるようにコツを掴むことが大事だと思うんだ」

「コツを掴む、ですか?」

「ジーンー?」


 ……むむ、さすがに無視できなくなってきた。ユウキが僕とシルくんの間に割って入ってきたのだ。


「どうしてそんな無茶をさせるんだ?」

「無茶だって言うけど、どうしてやってもいないのに無茶だと思うの?」

「魔法の使い過ぎは魔力枯渇にもつながる危険な行為なんだ。それがまだ慣れていないシルくんであればなおさらだよ」

「だったら僕たちが気をつけて見ていればいい。その上でできる限りのことを試すべきだよ」

「それが無茶だって言っているんだよ」


 僕とユウキの言い合いは平行線のままで先に進まないのに、時間はどんどんと進んでしまう。

 どうしたものかと思っていると、静観していたホームズさんが口を開いた。


「シル君はどうしたいのですか?」

「僕、ですか?」

「あなたの気持ち次第で、この後の方針を決めるべきでしょう。ユウキが言っていることは一般的に正しい。ですが、コープスさんが言うようにやってみてもいいと思います。それは、体調をきちんと管理できる大人がいて初めて許容できる範囲ですがね」


 ホームズさんは僕でもユウキでもなく、シルくん自身の気持ちだと強く伝えた。

 その言葉に僕とユウキも言い合いを止めて視線をシルくんへと向ける。


「僕は……」


 しばらく無言が続いた。シルくんの中で色々な葛藤があったのだろう。そして──


「──僕は、コツを掴む為にコープスさんの方針でやってみたいです!」


 シルくんの言葉を受けて、僕は風属性を徹底的に教える覚悟を決めた。

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