失敗作と依頼料
役所を出てそのまま本部に戻るのかと思いきや、ホームズさんからは意外な質問が口にされた。
「失敗作のナイフは持っていますか?」
「今ですか? 今は……あっ! ありますよ!」
王都に行くときに
「私が見た分では、失敗作のナイフなら商人ギルドを通しての販売で問題ないでしょう」
「よかったー! ありがとうございます!」
僕は自分の打ったナイフが僅かでも『神の槌』の為になると考えただけで安堵してしまった。
僕をクランに入れてくれただけではない。部屋を提供してもらい、鍛冶部屋や錬成部屋、練習用の素材全てを提供してもらっていたのだ。
三本の剣は成功していたからまだしも、失敗作まで売れてくれればありがたいことだ。
「いくらで売れますかねー。ちょっとはお返しできたらいいんですけど」
「……そこですか? 売上が気になるなら、先ほどの三本の剣の方が気になると思ったのですが」
「……それもそうですね。あれの依頼料っていくらだったんですか?」
貴族が依頼するくらいの物である。商人ギルドの通した販売に意識が向いていたから全く気にしてなかったよ。
「……小金貨が数枚ですね」
「へぇー、小金貨ですかー……き、きん──ぐふっ!」
「こ、声が大きいですよ!」
慌てて口を塞がれた僕が何度も頷くと、ややあってから解放された。
「す、すいません。ここ、外でしたね」
「……まあ、私が『神の槌』だということはほとんどの方に知られてますからいいのですが、あまり大声で言うことでもありませんからね」
しかし小金貨が数枚って、たった一日の数時間でそれだけ稼げたら誰も文句は言わないだろうな。
でも、元の素材はキルト鉱石である。そんなに高いお金を払ってまで買いたいものだろうか。
「貴族には見た目が重要なんですよ。これがより高価な素材であれば、中金貨や大金貨が飛び交うこともあるでしょうね」
「見た目がって、それでも素材だって大事でしょうに」
「そこは貴族によりけりですよ」
どういうことだろう。僕が首を傾げているとホームズさんが説明してくれた。
「貴族の中にはコープスさんが言った通り、素材から何から豪華にしてほしいと依頼してくる人もいますが、そのような依頼は基本的にお断りしています」
「そうなんですか?」
「実用的な素材は、都市を守る騎士や兵士、そして冒険者へ優先的に回すことを『神の槌』は宣言しているのです」
「だから、素材まで高価な物では打たないと?」
「まあ、それが高価なだけで実用的でなければゾラ様の判断に任せていますがね」
実用的ではない素材とはどういうものだろうか。素材自体が脆かったり、質量が足りない素材などだろうか。
「実用的でないというのは、元々が脆い素材のことを言います」
「質量が足りない素材はどうですか?」
「そちらは、同じ別の素材と一緒に使えるので問題ありませんよ」
「そうでしたか。でも、あれ? それなら僕はキルト鉱石で打ってしまいましたけど大丈夫だったんですか?」
キルト鉱石は世間一般に出回っている素材ではあるけど、実用的な素材に分類される気がする。
ホームズさんが良しとしたわけだから問題ないのだろうけど、どうなんだろう。
「キルト鉱石は元値が安いですからね。それに希少な素材というわけでもないので問題ありません。見た目を豪華にするのも簡単ですし、ゾラ様も打つならキルト鉱石でと思っていたはずですよ」
「そうですか! それならよかったです」
「そうそう、今回はコープスさんの素材で打った剣でしたので、その分と手間賃は後でお渡ししますね。口座は作っていましたか?」
「作ってないかも……でもいいですよ、素材代も手間賃も。押し売りみたいじゃないですか」
僕が勝手に打って、勝手に納品した剣である。それで稼ぎを得るのはどうかと思う。
全額を『神の槌』に納めてもらえれば、僕は満足なのだ。
「そういうわけにはいきません。きっとゾラ様もそのように言いますから、ちゃんと受けとるように。それと、せっかくですから商人ギルドで口座も作ってしまいましょう」
「えっ、いや、あの、ホームズさん?」
「今回のナイフの報酬もありますから、その方が早そうですね」
「本当にいらない──」
「さあさあ、行きますよ」
ホームズさんは僕の言葉を一向に聞こうとはせず、さっさと隣にある商人ギルドへと入って行ってしまった。
「……まあ、いっか」
あって困るものではないし、よくよく考えたら『神の槌』を出るかもしれないのだから、少しは蓄えを持っていた方がいいだろう。
そう考えると、『神の槌』を出るまでにどれだけ貯めることができるのかに挑戦するのも面白いかもしれない。
「コープスさん、何をしているのですか?」
「今行きまーす!」
商人ギルドの入口から顔を出したホームズさんに呼ばれ、僕は小走りで追い掛けたのだった。
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