閑話:ザリウス・ホームズ

 まさかの出来事というのは起こるものなのですね。

 ガーレッドの時も驚きましたが、フルムに関してはその比ではありませんよ。


「コープスさんにユウキ、こんな身近で霊獣が二匹とは」


 私がまだ冒険者をやっていたなら、ユウキに譲ることを躊躇っていたかもしれません。それほどに霊獣の存在は貴重であり、現役の頃には出会いたいと切に願っていたものですから。

 ただ、今の私は冒険者ではありません。それに霊獣が、フルムがユウキを選んだのですから、それを否定することもできないでしょう。

 ソラリア婆様には、また助けてもらいましたね。

 昔は本当に、迷惑を掛けてしまいましたから。


『──なんで俺のところに霊獣が現れないんだ!』

『──霊獣は高いところを好むと言われているが、それ以上に人を見ているよ』


 あの頃の私は冒険者として大成する為に霊獣探しに躍起になっていました。

 破壊者デストロイヤーという通り名を手にしてすぐでしたか、懐かしいですね。


『──ザリウス、あんたの欠点はその短気な部分だよ。もっと落ち着き、回りを見なさい』

『──そんなことよりも霊獣だ! ソラリア婆、本当に知らないのか?』

『──知らないし、知っていても今のあんたには教えられないね』

『──くっ! もう知らん、こんなところ二度と来るか!』


 ……よくもまあ、あのようなことを言えたものです。あの後も何度も訪れていたというのに。

 それでも、ソラリア婆様は私の相談にいつも乗ってくれました。

 冒険者を引退する時もそうでしたね。

 まあ、あの時は私も大分丸くなっていたので昔とは態度に雲泥の差がありましたが。


『──引退? ザリウスがかい?』

『──はい。怪我をして体も思うように動かせませんし、良い機会だと思っています』

『──……そうかい。まあ、ザリウスが決めたことなら間違いはないさ』


 そのように言っていただけて、背中を押してもらえた気がしました。

 引退を告げた時は、正直冒険者への未練が残っていましたからね。

 ……パーティを組んでいた友たちも、こんな私を許してくれるでしょうか。


「私の今の幸せを、喜んでくれるだろうか」


 大きく深呼吸しながら、私は歩みを進めています。

 場所は西の森の半ばにある泉の脇道。

 コープスさんとユウキがゾラ様の私室を後にしてから、私はお暇をいただきました。

 毎年のことなので快く了承いただきましたが、少し驚かれもしました。いつもなら事前に話をしていましたから当然かもしれません。


「最近は忙しかったですからね」


 王都へ向かい、戻ってきてからも聴取されて、さらにはフルムの件もありましたから。


「……今日は久しぶりに、帰りも遅くなりそうですね」


 話すことがたくさんあるというのは、意外と嬉しいことかもしれませんね。


 そんなことを考えながら辿り着いた先には、とても簡単に作られた四つの墓があります。


「……一年ぶりですね、皆さん」


 私がパーティから抜けて一年と少しが経ち、まさか皆が魔獣に殺されたと聞いた時には信じられませんでしたよ。


「毎年聞いていますが、何があったのですか?」


 返ってくるはずのない質問を、私は毎年のように繰り返しています。

 この墓も私が勝手に作ったもので、皆の遺骨や遺品が埋まっているわけでもありません。ただ、近くの泉を気に入っていたからここに作ったのですから、遺骨や遺品に奇跡が起きて答えを教えてくれる、なんてこともあり得ません。


「……変なことを考えてしまいますね」


 私は墓の前に立ち、魔法鞄マジックパックから最高級の酒を取り出し上から注ぎます。これも、皆が好きだった銘柄です。


「……今日は面白い話を持ってきたんですよ」


 私がパーティを抜けたから皆が死んだのか。

 冒険者を引退するのは早すぎたのか。

 今日という日が近づく度に昔のことを思い出してしまいます。


「霊獣が二匹もいるのです。あれだけ探し回っても見つからなかった霊獣がですよ?」


 ……いや、今年は思い出さなかったかもしれません。思い出す暇もなかったのか?

 これで、いいのでしょうか。皆を忘れたことにならないでしょうか?


『──ザリウスの選択は間違っちゃいないよ。今も昔もね』


 今更ながら、ソラリア婆様の言葉が頭の中で広がっていきます。

 ……ソラリア婆様は、本当になんでも知っているのですね。


「……皆さん、私もまた一歩、先に進もうと思います。もしかしたら……ここに来るのも最後になるかもしれません」


 ここには誰もいないのだから、誰かに断りを入れる必要もないのです。ですが──


「皆さん、ありがとうございました」


 最高級の酒を一滴残らず注ぎ終わると、私は墓に背を向けて歩き出しました。

 今の私には『神の槌』というクランが、家族があります。そして弟子もいれば問題児もいます。

 ここで一区切りつけるのも悪くはないでしょう。

 皆が好きだった泉に映る自分を見て、私は軽く笑みを浮かべながらカマドへ戻りました。

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