閑話:ユウキ・ライオネル

 ジンからの提案には驚かされた。まさか師匠を誘って南の鉱山に行こうだなんて。

 僕はフローラさんと別れて『神の槌』本部まで連れて行かれたんだけど、そこではまた別の驚きを目の当たりにしてしまったんだ。

 ……ジンって、なんでもできるんだね。鍛冶に錬成、魔法も凄いしまさか計算まで。

 計算にスキル効果は……ないよね?

 お金に関わるところなので僕は仕方なく入口に置かれていた椅子に腰掛けて仕事が終わるのを待っていたんだけど、しばらくして呼ばれたので中に入ることにした。

 そしてジンが鉱山へ行きたい理由を説明すると、何故だか急いで向かうことになったんです。

 何か気になることでもあるのでしょうか?


 鉱山に到着してからも早足で進んで行くと、到着した先は以前に師匠とキルト鉱石を取りに来た坑道です。

 事前にジンから話を聞いていたから驚きはしないけど、以前に来た時は何もなかったはずだ。これは師匠と奥に行ったので師匠も分かっているはず。

 それなのにどうしてと思っていると、奥の方から一際大きな魔獣の気配が伝わってきたんです。


「……あれは──ゴブリンウォーリア!」

「ビビービビギャー!」

「ちょっとガーレッド!」


 そしてガーレッドの声に気がついてゴブリンウォーリアがこちらに振り向きました。

 中級魔獣に該当するゴブリンウォーリアは駆け出し冒険者では荷が重く、ソロでの討伐は以ての外。それにもかかわらず、師匠は僕に一人で討伐しろと言ってきたんです。

 ……これは、信頼されている証と取るべきですよね!

 僕が選んだ武器はショートソードではなくファンズナイフ。

 本来なら巨大な相手に対して刀身の長い武器を選択するのが正解なのかもしれないけど、僕の戦い方からするとまずはファンズナイフで手傷を負わせることが重要だ。

 無属性魔法を駆使して飛び込むとすれ違いざまに足を斬りつけて機動力を削り取る。そこからはゴブリンウォーリアの攻撃に当たらないことを優先させながら回避と攻撃を繰り返していく。

 明らかに弱ってきたところを確認し、僕は武装をファンズナイフからショートソードへと変更、一気に片を付けにいきます。

 しかし、魔獣は死ぬ間際になると命を賭した一撃を放つことがあるんだ。これは僕がジンに最初に教えたことでもあったかな。

 案の定、ゴブリンウォーリアは僕が駆け出したのを見計らい剛腕を真っすぐに打ち出してきた。

 そのまま剛腕の下へ抜けると懐に潜り込み無属性魔法を開放して渾身の斬り上げから両腕を切断、勢いに任せて飛び上がりながら横回転をして横薙ぎを放つ。

 僕は、ソロでゴブリンウォーリアを倒すことに成功した。

 武器の性能による部分が大きいんだけど、師匠からは褒めてもらえたのでとても嬉しかった。

 ……もっと努力しなきゃな。


 ただ、一番の驚きはここからだった。

 ゴブリンウォーリアを倒した先にいたのは――霊獣だったんだ。

 頭上に空いた穴もこの子の力によるものだと師匠は言っており、比例して疲労もしているだろうと言っている。このままでは危ないのだと。

 師匠が抱き上げようとすると、残る力を振り絞り抵抗しようとしている。

 この子からしたら僕たちも魔獣と同じに見えているのかもしれない。

 だけど、なんでだろう。師匠やジンは色々と話をしているんだけど――どうしてこの子の話を聞こうとしていないのか。


「……大丈夫だよ?」

「……ユウキ?」


 僕の言葉にジンが振り返った。

 この子の声は、どうやら僕にしか聞こえていないのか?

 でも、ならばどうして僕にだけ聞こえているのだろうか?

 ……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


「……グルゥ」

「君は今、とても疲れているんだ。ゆっくり休ませたいし、守ってあげたいんだ」

「……ルゥ」

「ほら、僕のところにおいで。怖くないから」


 僕は自分にできる限りの言葉を尽くし、そして笑みを浮かべて手を広げる。それでも僕から近づこうとはせずに、この子から近づいてくれるのを待った。そして――


「……わふ」


 霊獣は右手を僕の左ひざに乗せてくれたんだ。

 ただ、それで終わりではない。この子はまだ助かったわけじゃないんだ。

 師匠の案内で向かった先はソラリア様の道具屋でした。

 そして、ソラリア様は的確に処置をしてくれたのでとても驚いたんだ。それに屑晶石とはいえ貴重な魔晶石まで提供してくれて……感謝しかないよ。

 元気になったこの子を見ていると、これからどうなるんだろうと思ってしまう。

 そんな時に戻ってきた師匠が連れてきたのはリューネさんと初めて見る男性の方で、装いからすると役所の人のようだ。

 話を聞けば霊獣契約担当の職員のようで、ムンバさんはここで霊獣契約を行うと言ってきた。


「ここはユウキしかいないでしょうね」


 師匠の言葉に驚いたものの、ジンもソラリア様も同じことを思っていたのか何も口にしなかった。

 僕なんかが霊獣と契約だなんて、本当に良いのだろうか。


「君はユウキ・ライオネル君だね。その答えは霊獣が教えてくれるよ」

「……霊獣が、ですか?」


 ムンバさんの言葉を受けて、僕は視線を霊獣に向ける。

 すると、心の中にこの子の声が聞こえてきた。


(——僕でいいの?)

(——本当に?)

(——そっか、僕も君のことが好きだよ)

(——うん、ありがとう)


 この子の気持ちは僕で構わない、むしろ僕との契約を望んでいるということだった。

 僕はムンバさんに霊獣契約をお願いし、そして名前をその場で決めることになった。

 でも、その時には頭の中にパッと思い浮かんだ名前があったんだ。これは説明しようのないことなんだけど、この子にぴったりの名前だと確信を持つことができた。


「フルムってのはどうかな?」

「きゃん!」


 横からジンがよく分からない言葉を発していたけど構わない。

 この子の名前はフルム。

 こうして僕とフルムの霊獣契約は完了したんだ。

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