閑話:ゾラ・ゴブニュ

 本当に、面倒臭いのう!

 全てを役所に話したというのに、どうして冒険者ギルドでも、商人ギルドでも話さなければならないのじゃ!

 特に商人ギルドでは素材の使い道について聞かれたが、そこはダリルに聞くべきじゃろう! 儂は捕まってたんじゃからな!


「す、すみません、ゴブニュ様」

「……はぁ。まあ、小僧が関わっとることじゃからな、無視はできんよ」


 謝っているのは、そのダリルである。

 上司にはきっちりと報告しているのだろうが、小僧が高価な素材や魔獣の素材で鍛冶をしたと聞いて、色々と情報を仕入れたくなったのじゃろう。

 当初は小僧を連れてこいの一点張りだったようだが……ダリルは頭が良いのう。すぐに儂へ話を持ってきてくれたわい。

 結局、儂が出てみればそれでも構わないというではないか。

 長いものには巻かれろと言うが、ダリルの上司は典型的な巻かれるタイプのようじゃのう。


「やっぱり、ジンを連れてくるのは不味かったですよね」

「小僧に説明を任せると、色々と面倒が起きそうじゃからのう。それに、小僧は儂の弟子だからな。師匠である儂が出てくるのが当然じゃろう」

「……確かに」


 ただでさえ面倒なのに、それ以上の面倒ごとを持ってきそうだから恐ろしいのじゃ。

 というか小僧、ダリルにもそのように思われているということは、何かやらかしたのか?


「ジンは、俺の予想を簡単に越えていきましたからね。その結果が今の状況ですから、何かをやらかしそうだとは思いました」

「そうじゃろう。だから儂が出てくるのじゃよ」


 儂の予想すら簡単に越えていく小僧じゃ。多少面倒でも、それが後々の面倒を摘み取れるなら致し方ない。

 巻かれる上司に淡々と事情を説明し、相手が子供だからとこの場に呼ぶことはできないと言い聞かせ、『神の槌』棟梁の権限で話を無理矢理に終わらせる。

 ……この時ほど、権力にものを言わせたことはなかったかもしれんなあ。


 ※※※※


 本部に戻って早々、やはりというか何と言うか、小僧の行動は分かりやすい程に予想通りをいくのじゃなぁ。

 アクアが愚痴相手になってくれていたようじゃが、ほんに儂は弟子に恵まれておるのう。


 ……そして、ついにこの時が来てしもうたか、小僧が鍛冶スキルを習得する時が。

 まあ、外での鍛冶で相当な代物を打ったようじゃし、この結果は当然といえるかのう。

 儂もヴォルドから見せてもらったが、コクラトウと言ったか。

 正直なところ、あれほどの武器を打てと言われると、儂でも一発では自信がない。

 何度か失敗をしてようやく出来上がる、といった具合かもしれん。

 しかも打った素材が重亀ヘヴィタートルだというじゃないか。

 ……全く、魔獣の素材を初めて打って超一級品に仕上げるとは、英雄の器が凄いのか、それとも小僧が凄いのか。

 考えても儂には分からんが、これならば問題はないじゃろうな。


「小僧」

「は、はい!」

「……卒業じゃ」

「……えっ?」


 鍛冶師見習いから卒業して、正真正銘の鍛冶師として名乗っても問題ないじゃろう。

 じゃが、一番心配なのは小僧の常識の方なんじゃよ。

 儂を基準にしては問題があるじゃろうし、ソニンかザリウスに任せるのがいいかもしれんが……いや、二人も多少常識からずれておるか。

 外の人間に頼るにも誰か受けてくれる人がいるか…………あー、いるのう。


「儂は少しホームズとヴォルドと話があるから、ソニンに任せるぞ」


 小僧とソニンを見送った儂は、ヴォルドに向き直り声を掛ける。


「ヴォルドよ、小僧に常識を教えてくれんか?」

「……はい?」

「……ゾ、ゾラ様? いったい何を言っているのですか?」


 ヴォルドは当然ながら、ザリウスも困惑顔じゃ。


「小僧には一般常識が欠けているのじゃ。儂が教えてやってもいいんじゃが、儂のものさしでは小僧に誤った常識を教えてしまいそうでのう」

「いや、それで俺に依頼される理由が分かりません。俺は冒険者で、それこそ一般常識からかけ離れた存在ですよ?」

「私もヴォルドの意見と同じです。冒険者は他の職業と異なり、固定収入などありませんし、依頼によって高収入をいきなり得たりすることもあります。そんな冒険者に常識を教えるなどと……でしたら、私が教えてもいいのですが?」

「ザリウスも元冒険者で上級じゃろうが。一度ダリアに怒られたのだろう? 知っておるぞ」

「ぐっ! そ、それは……」


 全く、子供に大銅貨三枚もの金を渡したのだから驚きじゃぞ。……まあ、儂が聞いた時にそれくらい? と思ったのは内緒じゃがな。


「ヴォルドなら下級や中級冒険者からの信頼も厚い。ということは、面倒を見てくれているということじゃないか?」

「まあ、普通の常識を教える程度ですよ?」

「それで構わんよ。小僧はそんな普通の常識も知らないことが多いからな」

「そうは見えませんでしたが……」


 王都への旅路でヴォルドは小僧とよく話をしていたそうじゃのう。

 ならば、小僧のおかしな点にも気づいているはずじゃ。


「のうヴォルド。小僧は子供にしては大人びていると思わんか?」

「……そうですね」

「大人でも知らないことを知っていたり変な言葉遣いになることもあれば、子供でも知っていそうなことを知らないこともある。小僧は、規格外でありながらどこか足りない部分も多く持ち合わせているのじゃ」

「……そう、かもしれませんね」

「仮にじゃ。小僧が道を踏み外してしまったら、この世が終わるかもしれん」

「ゴブニュ様、それはさすがに言い過ぎなのでは?」

「儂はそうは思わんよ」


 真剣な表情でヴォルドを見つめていると、何やら思い当たる節があったのか大きく息を吐きながら一つ頷いてくれた。


「……分かりました。ですが、俺一人では足りない部分の方が多いと思うので、他の奴にも声を掛けさせてもらっていいですか?」

「当然じゃ。ちゃんとした依頼として受けさせるから、報酬は弾むぞ?」

「まさか、一般常識を教える依頼が来るなんて思いませんよ」

「それもそうじゃな」

「……わ、私では、ダメですか」


 何故だかザリウスがもの凄く落ち込んでいるようじゃが、ザリウスの感覚は同じ上級冒険者のヴォルドと比べてもおかしな方向に向かっているようじゃからな、仕方ないのじゃよ。

 ふぅ、これでとりあえずは一安心かのう。


 ――この後、小僧の錬成素材を見て驚愕するのは言うまでもなかったか。

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