卒業の有無

 翌日は朝から鍛冶の練習をしようか迷っていたのだが、ガーレッドが僕のことをじーっと見ていたので諦めた。

 気持ちが流れ込んでくるのでその意図は丸わかり、昨日のやり取りで相当やる気になっているようだ。

 ……いや、今日はまだ鍛冶をしてないからね? 鍛冶部屋にこもっているわけではないからね?

 何とかガーレッドを説得して鍛冶をしなければと考えていると、カズチが僕の部屋を訪れた。


「棟梁と副棟梁が呼んでるぞ」

「ということは?」

「……卒業の話だと、思う」

「それ以外にないよね」


 ゴクリと唾を飲み込むカズチとは異なり、僕は比較的楽な気分である。

 というのも、一人でなんでもできればそれは楽なのだが、錬成師としてカズチがいれば僕がわざわざ錬成をする必要はない。

 今は英雄の器の効果もあって僕の錬成が上のランクで仕上がってしまっているが、将来的にはソニンさんと同等か、超える錬成師になってくれる……はずだ。


「すぐに行くよ。ガーレッド、おいで」

「ピッキャキャーン!」


 少し離れたところにいたガーレッドは、しっかりとした足取りで僕の足元までやってきた。


「あれ? ガーレッドって、こんなにしっかり歩いてたっけ?」

「……いわれてみると、そうだね。それに、少し重くなったかな?」

「ピーピキャー」


 疑問を口にしながらも、ガーレッドの行動はいつも通りで額を僕の胸にこすりつけている。


「……まあ、大きくなってるってことは、ちゃんと成長しているってことだからいっか」

「いいのか?」

「何かあればガーレッドが教えてくれるし、嫌な感情も流れてこないからね」

「ピキャ!」

「そうか。ジンがそういうならそうなんだろうな」


 そう話を締めくくると、僕たちはゾラさんの私室へと向かった。


 ゾラさんの私室にはホームズさんを含めたいつもの三人、そして何故か今回もヴォルドさんがいた。


「ヴォルドさんまで、どうしたんですか?」

「ゴブニュ様のお願いでな。まあ、事情は後で説明があるからよ」

「そうですか?」


 うーん、何かやってしまっただろうか。それとも黒羅刀こくらとう絡みの案件だろうか。

 ……まあ、説明があるみたいだし考えても仕方ないか。


「今回は、カズチと小僧の錬成師としての卒業について話をしよう」

「は、はい!」

「はーい」

「……小僧は毎回緊張感に欠けるのう」

「何をおっしゃいますか、ちゃんと緊張してますよ」

「いや、その言い回しが緊張感に欠けると言っているんじゃよ」

「「……」」

「はぁ。ゾラ様、コープス君はいつも通りですし、そのまま進めませんか?」

「ジン、お前なぁ」


 ソニンさんとカズチが呆れ声を漏らしたところで、ゾラさんもコホンと一度咳ばらいを入れて気持ちを切り替えたみたい。

 ……僕としては納得できないんですけどね。


「まずはカズチじゃが……エルフリム、見せてもらったぞ。良い出来ではないか」

「あ、ありがとうございます!」

「先輩から聞いてはいると思うが、魔獣素材が錬成できるようになって、初めて本当の一人前と言われている。じゃが、魔獣素材の錬成は個人が精進するものであり、儂らが見習い卒業とみなす項目には入っておらん」


 そうだったんだ。魔獣素材の錬成って、そんなに難しいものなんだね。

 でも、それなら黒羅刀や雷切らいきりに使った素材は、聞いてはいたけど僕が思っている以上に貴重な素材だったのかもしれない。


「銅の錬成は当然ながら、ケルン石の錬成も問題はないようじゃな。さらに個人契約を用いて店にも卸しており、しっかりと利益も上げておる。これは大きな成果と言えるのう」

「……ありがとうございます」


 個人契約の話が出た時、カズチの表情が一瞬和らいだ気がした。

 錬成の成果を褒められるのはもちろん嬉しいだろうけど、個人契約が上手くいっていることが、錬成師としても上手くいっているということにも繋がるのかもしれない。


「そして、魔導陣を使ってのエルフリム錬成じゃ。エルフリムは魔力を通しやすい素材として知られているが、その分錬成が難しいとも言われておる」

「そうなんですか?」


 僕の疑問の声に、ソニンさんが答えてくれた。


「錬成は光属性の魔力を素材に流し込んで行います。その為、魔力量を間違えてしまえば錬成を失敗してしまうことも多いのですよ」

「……もしかして、魔力の調整が必要だから僕じゃなくてカズチにやらせたとか?」

「……そんなことはありませんよ、うふふー」


 絶対に嘘だ! ソニンさんの表情が何だか怖いんだもん!


「……それくらいにしないか。とまあ、そういう素材なんじゃよ。そして、カズチはそんなエルフリムを完璧に――いや、完璧以上に仕上げてみせた。ならば、結果は明白じゃのう」

「……ま、まさか?」

「カズチは錬成師見習いを卒業。そして、これからは『神の槌』所属の錬成師として励むように」

「……は、はい!」

「先ほどもゾラ様が言いましたが、魔獣素材の錬成は個人が精進するものです。カズチが本当の一人前と言われる日を、私は願っていますよ」

「……ありがとう、ございます!」


 ソニンさんの慈愛に満ちた表情を見て、カズチは涙を流している。

 弟子の門出を祝いながら、それでも課題を突き付けるあたりがソニンさんだと思うけど、これもカズチならできると信じているからだろう。

 素材の山には魔獣素材も入っているし、練習用に何か渡してもいいかもしれない。

 まあ、カズチはサラおばちゃんとの個人契約でお金も貯まっているだろうし、冒険者ギルドに依頼するのも可能だけどね。


「それでは、次に小僧じゃな」


 カズチの卒業が決まり、ゾラさんが僕の方へと向き直った。


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