襲撃の翌日

 翌朝、目を覚ました僕はホームズさんがいないことに気づいた。

 警戒にあたっているのかもしれないと思いガーレッドを抱きながら廊下に出て食堂に降りようかと考えていると、ちょうど起きてきたのかダリルさんと顔を合わせた。


「おはようございます」

「おはよう……ジンは寝られたのか?」

「一応」

「マジか、すごいなぁ」

「ダリルさんは……目の下、すごいクマですね」

「あー、全然寝れなかったんだよ」


 悪魔とも対峙したこともある僕でもベッドに入ってからしばらくは寝付くことができなかった。

 ダリルさんもそうだが、特にシリカさんは寝られなかったんじゃないだろうか。


「クリスタさんとシリカさんは大丈夫でしょうか」

「……クリスタさんは体の傷、シリカは心の傷かぁ」


 クリスタさんはシリカさんを庇って傷を負ったらしい。

 僕たちが駆けつけた時のシリカさんの表情は蒼白になっていた。

 もし毒を受けていると知ってしまえば、今後シリカさんが交渉の席に立つことは精神的に難しくなるかもしれない。


「……だが、二人にはまだ頑張ってもらわないといけないんだよな」

「そう、ですね」

「はぁ。男として情けないわ」


 突然の言葉に僕はダリルさんの方へ視線を向ける。


「交渉の席でも、俺は何ていうか、いるだけみたいな存在なんだよな」

「そうなんですか?」

「クリスタさんは情報源の中心である冒険者ギルドから情報を得ていてシリカをしっかりサポートしてるし、シリカもここに来るまでの間に変わってしっかり相手の担当と話をしていた。だが、俺は数合わせみたいなもんなんだよ」

「どういうことですか?」


 今回は役所、冒険者ギルド、そして商人ギルドから一人ずつ交渉の為に派遣されていると聞いている。


「正直なところ、商人ギルドには詳しい情報ってのが回ってきてなかったんだよ」

「でも、クリスタさんとシリカさんからは内容を聞いているんですよね?」

「最初から知っていて調べることもできたやつと、その場で聞いて疑問を調べることができないやつがいたとしたら、ジンは誰から話を聞きたい?」

「あー、最初から知っている人ですね」

「そういうこと。俺は疑問を二人に聞いて答えを知ってはいるが、どうしても答えるのに時間が掛かっちまう。それなら最初から答えを準備していた二人が話す方がいいってことになっちまうんだよな」


 冒険者ギルドでは今回の強制依頼に伴い役所とのやり取り多くあったのだろう。だから情報共有もできているし答えのすり合わせもできているはず。

 だが商人ギルドではあれを準備して、これを準備してという指示はあれど情報共有までは動けていなかった、ということかもしれない。

 事態は急を要する内容だっただけに、ダリルさんは現地で詳しく聞いてと言われていたのかな。


「……だが、二人の為にも俺が踏ん張らないといけないよな」

「頑張ってください、ダリルさん!」

「おう! って、ジンに愚痴っちまったよ。大人げないな」

「そんなことないと思いますよ。僕って変な子らしいですから」


 僕の自虐ネタに最初は何度も瞬きを繰り返していたダリルさんだったが、最終的には笑みを浮かべてくれた。


「そんなことを自分で言うんじゃねえよ」

「だって、みんなに言われるもんで」

「まあ、外で鍛冶をしようってやつだからな!」


 いつものダリルさんが戻ってきたのを見て、僕はホッと胸をなでおろした。

 交渉組は荒事に慣れていない。動けなくすることが第一の目的だとして、襲撃の恐怖で心を折るのが第二の目的だった可能性もある。

 ヴォルドさんの時のように即死するような猛毒ではなかったようだが、肉体の下地がそもそも違う。

 華奢なクリスタさんでは弱い毒でも動けなくなる可能性は高く、それによりシリカさんの心が折れてしまったのなら、相手側に上手くやられてしまった格好だ。


 僕とダリルさんはそのまま食堂まで足を運ぶと、すでに朝ご飯を食べている人がいた。


「あれはメルさんにニコラさん――えっ!」

「どうしたんだ……って、シリカにクリスタさんまで!」

「あら、二人とも遅かったじゃないの」


 普段通りの姿を見せてくれたクリスタさんに、僕もダリルさんも口を開けたまま固まってしまった。

 僕は視線をクリスタさんからゆっくりとニコラさんに移動すると、ニコラさんは苦笑しながらも首を横に振る。

 真相を確認する為に僕たちは女性陣の机に向かった。


「ど、どうしてクリスタさんがここに! それもめっちゃ元気そうなんですけど!」

「私も最初はどうなることかと思ったんですが、どうやらこれが原因みたいなの」


 興奮気味に問い掛けるダリルさんに嫌そうな顔をしながら、クリスタさんが見せてくれたのはペンダントだった。


「これって、なんですか?」

「ギルドマスターから貰った物なんだけど、ただ身に着けておけって言われただけだったの。そしたら……」


 クリスタさんの視線がニコラさんへと向いたので、説明はニコラさんが引き継いでくれるようだ。


「結果から申し上げますと、これは状態異常回復が付与された魔導具です」


 ……なんとまあ、冒険者ギルドのギルマスは太っ腹ですね。

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