閑話:クリスタ・リード

 カマドの冒険者ギルドに務め始めて一〇年、これまでもいくつかの強制依頼はありましたが大きな問題に繋がる案件はありませんでした。

 あえて上げるならば、ここ最近で起こった箝口令の事件くらいです。

 ですが、今回の強制依頼は今までのどれと比べても規模の大きいものでした。


「えっ? ゾラ様とソニン様が誘拐? まさか、何かの冗談ですよね?」


 最初はその場にいた職員全員がそう思っていたでしょう。

 だがギルドマスターは険しい顔をしたまま首を横に振った。


「残念ながら本当のことです。すでに破壊者デストロイヤーから依頼を受けており、私はこれを強制依頼に格上げしました」


 ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた気がします。

 さらに依頼内容を確認して、再び誰かが唾を飲み込みました。


「そんな……ありえ、ない」


 二人は王都に捕らわれている可能性が高い、という記載を目にして私は声を落とします。

 魔獣でも悪魔でもない、人間に関する強制依頼。それも王都が関わっている、ということなの?

 その場にいた全員が困惑していましたが、そこからは皆が一斉に動き始めました。

 集める冒険者の等級はどうするのか、必要な道具は何があるのか、移動方法とルートはどうするのか。

 私もその中に加わろうとしたのですが――


「クリスタさん」

「はい、ギルドマスター」

「少しこちらによろしいですか?」

「……はい」


 ものすごく嫌な予感がします。強制依頼で皆が忙しなく動いている中で私だけが呼ばれたのですから。他の職員からは同情の眼差しが飛んできている気もしますし。

 無言のままギルドマスターの後ろをついて歩いていると、通されたのはギルドマスターの部屋でした。

 この部屋に通されるのは特別な依頼がある場合のみで、ほとんどの職員は入ったことがないと言われています。

 ……あぁ、これはおそらく――


「単刀直入にお伝えします。クリスタさんには王都との交渉役として王都へ同行していただきます」


 あぁ、やっぱり。


「あ、あの、ギルドマスター? どうして私なのでしょうか?」

「それはあなたが優秀だからです」

「……お言葉ですが、私より優秀な先輩は多くいます。その方々に――」

「いえ、今回はクリスタさんが適任なのです」

「……その、理由をお聞かせいただいて――」

「これは、決定事項です」


 ……やはり、教えてはいただけませんか。

 とてもやり手であり、二十代という若さで異例の大抜擢を受けたギルドマスターは説明すべきと判断したことはとても分かりやすく説明してくれます。

 その反面ギルドマスターが必要ないと判断したことは全く説明してくれないので職員達は常に頭をフル回転させて話を聞いていた。


「……こ、今回の件に関しては説明を求めます!」

「おや? 珍しく言うことを聞いてくれないのですね」

「私にも、今回の強制依頼が重大な案件だということは分かっているからです!」

「そうですか……分かりました、いいでしょう」


 私はホッとした――ホッとしてしまった。

 だが、次に発せられたギルドマスターからの一言は私を奈落へと突き落とす一言になるとは夢にも思わなかった。


「私達は王都に喧嘩を売られたので、買うことにしました」

「………………へっ?」


 ギルドマスターが何を言っているのかが分かりません、思考が停止しました。


「ですから、私達は王都に喧嘩を売られたので、買うことにしました」

「お、王都から喧嘩を売られるだなんて、何をしたんですか!」

「私達は何もしていませんし、捕らえられたゴブニュさんやケヒートさんも何もしていません。何かをしたのは王都です」


 わ、私の頭では状況を理解することができません。

 それに王都から喧嘩って……それは一国が一都市を潰しに掛かっているということではないでしょうか。

 ……私ではどうしようもない案件です。


「ギルドマスター! やはりこのような重要案件、私では力不足です! 私は――」

「役所からはシリカさんが遣わされるようですよ」

「――っ! ……それは、本当ですか?」


 まさか、そんなことがあっていいの? だって、あの娘は冒険者ギルドから役所に移動して一年とちょっとしか経っていないんですよ!


「そんなことあってはなりません!」

「ですがあり得たのです」

「何故ですか!」

「本来ならリューネさんが同行する予定だったのですが、それは長官からストップが掛かりました」


 リューネさんなら一番適任ではないですか、そこでどうしてストップが掛かりシリカの名前が出てくるのでしょう。


「リューネさんは王都から派遣されてきた人材です。そのような人物を今回の重要案件に同行させることはできないと判断されました」

「それは! ……そう、ですね」

「そのことを判断できる冷静さは持っているようですね」

「ですが、それがシリカの同行に繋がるとは思えません」

「でしょうね。私も最初は驚いたのですから」


 ギルドマスターでも驚いただなんて、何が起こっているのでしょう。


「今回、シリカを抜擢したのはリューネさんらしいですよ」

「リューネさんが? ですが、それでは先ほどの発言と矛盾していませんか?」

「私もそう思います」


 王都から派遣されてきたリューネさんを同行させられないということは、リューネさんを疑っているということではないのか?


「……クリスタさんはリューネさんのことをどれだけ知っていますか?」

「あまり知りませんが仕事はできる人だと聞いています」

「そうですか。では、質問を変えましょう。どのような人だと聞いていますか?」

「どのような人、ですか?」


 無言で頷くギルドマスターを見て、私は自分の記憶からリューネさんに関する情報を探し始めました。

 ただ、実際に仕事をしたことも興味を持った人でもなかったので詳しく誰かに聞いたことなんてないんですよね。


「――……いや、違う」


 私はリューネさんのことを調べていたことがありました。

 それはシリカが役所に移動するとなった時です。


『――クリスタ様! 私の配属先、なんと『神の槌』専用の窓口になるみたいなんですよー!』


 そう、シリカから配属先を聞いた時だった。

 私はシリカのことが心配で配属先がどういったところなのかを調べたのだ。

 ですが『神の槌』専用窓口にはリューネさんしかいないということは有名な話だったので、私はリューネさんのことを調べました。

 仕事ができる人、面白い人、……サボりぐせのある人。

 色々な噂を耳にして、実際に訪ねたこともあったではないですか。


『――あー! あなたはシリカの先輩さんじゃないですか!』


 初めて声を掛けたにもかかわらず、リューネさんは私のことを知ってくれていた。

 何故か聞いてみると――


『――シリカから聞いてますよ。とても頼りになる先輩がいるんだって』


 少し恥ずかしくなったのを思い出します。そして、このようにも言っていました。


『――私があなたのようになれるとは思いませんが、精一杯シリカのお尻を叩いて仕事を覚えてもらおうと思ってますよ!』


 そう言って、とても快活な笑顔を浮かべていましたね。


「……どうしました?」

「えっ?」

「いえ、クリスタさんが微笑んでいたものですから」

「私が、ですか?」


 ただリューネさんについて思い出そうとしていただけなのだが……いえ、おそらくこの笑みが答えなのでしょう。


「私はリューネさんが王都と繋がっているとは思えません」

「……それを聞いて安心しました。長官も疑っているわけではないようですが、それでも難癖をつけたがる人はいるものです。同行は無理でも、リューネさんの提案を信じての抜擢なのでしょう」


 私もシリカを指導しているリューネさんを信じてみることにしました。そして、シリカのことを。


「私が同行します」


 そして、何かあれば私がシリカを守りましょう。


「よろしくお願いします」


 そのように返事をして、私はギルドマスターの部屋を後にしようとしました。


「そうだ。クリスタさん、これを身につけておいてください」


 そう言って手渡されたのは紫色の魔石がはめ込まれたペンダント型の魔導具でした。


「ギルドマスター、これは?」

「身につけておいてください」

「……はい、分かりました」


 教えてはくれませんでしたが、私はその場で首から下げて本当に部屋を後にしました。


 ※※※※


 ――そして王都に到着したその日の夜、私はシリカを庇って左腕に傷を負いました。

 コープスさんの様子では、もしかしたら毒が塗られていたのかもしれません。傷口から毒を吸い上げていたようですから。

 私はどうなるのでしょうか。このまま死ぬのでしょうか。

 ですが、後悔はありません。可愛い後輩であるシリカを守ることができたのですから。


「……大丈夫ですよ」


 コープスさんはそう言ってくれます。

 ……そうですね、私がこのような気持ちではいけませんでした。

 交渉はこれからも続いていくのです、そして中心に立つのはシリカではないですか。

 私は必死にコープスさんへと笑みを返し、ニコラさんの回復魔法に身を任せることにしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る