王都での食事

 ホームズさんの案内でやって来た酒場の名前はアーバンリーと言った。

 カウンター席がいくつかと、室内の至るところに丸テーブルがあり、その回りを三脚の椅子が囲んでいる。

 アーバンリーに入ったホームズさんは迷うことなくカウンター席へと向かい座ったので、僕はその隣に腰掛けた。


「こんな昼前に何の用……って、懐かしい顔じゃねえか!」

「お久しぶりです、ゴーダさん」


 カウンターの奥から現れた強面のおじさんは、どうやら顔見知りらしい。冒険者時代の方だろうか。


「ザリウス、今日はどうし……たん……だ?」


 近づいてきたゴーダさんが捉えたのは、ホームズさんの隣にちょこんと座る僕の姿。


「……なんだ、結婚でもしたのか?」

「違います!」

「それじゃあ、隠し子か?」

「私の子供じゃありませんよ!」


 この人、顔は怖いのに面白いおじさんだ。


「初めまして。『神の槌』で鍛冶師見習いをしているジン・コープスと言います」

「なんだ、違うのか。俺はゴーダだ、よろしくな坊主」

「ピキャキャー!」

「うおっ! 霊獣持ちかよ、可愛いもんだなぁ!」


 残念そうな表情の後は、にかっと笑いながら僕とガーレッドへ振り向いてくれる。


「それで、今日はどうしたんだ?」

「食事をしに来ました」

「……それだけか?」


 二人の関係性は分からないけど、ゴーダさんは何かしら感じ取っているものがあるみたい。


「それと、情報収集を少し」

「……なるほど、ザリウスに鍛冶師見習いか。あの噂は本当かもしれんなぁ」

「あの噂? 何かあるのですか?」


 ゴーダさんが伸びた顎髭を触りながら呟くと、ホームズさんが反応を示す。


「……まずは食事だな。坊主、腹減ってるだろ?」

「……それもそうですね。ゴーダさんはそういう人でした」

「えっと、まあ、はい」

「金はザリウスからたんまり貰うとして、俺のとっておき料理を振る舞ってやるよ!」


 ゴーダさんはそう言うと奥へ引っ込んでしまった。

 僕が首を傾げていると、ホームズさんが話を中断した理由を教えてくれた。


「ゴーダさんは子供三人の父親なのですが、子供がお腹を空かせているのを見ていられない質なんです」

「僕に気を遣ってくれたってことですか?」

「そういうことでしょう。何か知っている風でしたが、仮に急ぎであればそのまま話をしたでしょうが、そうしなかったのであれば後からでも大丈夫な話だということです」


 ホームズさんや僕が鍛冶師見習いと知っての発言だから、『神の槌』関連の噂である可能性は高い。

 そうこうしていると、ゴーダさんが料理をカウンターに並べてくれた。

 王都の料理はゾラさんとソニンさんに出会ったその日にしか食べたことがないので楽しみである。


「いただきまーす!」


 最初に手をつけたのはサラダ。

 色とりどりの野菜が一口大にカットされて盛られており、新鮮だからだろうほとんど素材のまま出されており、別皿にドレッシングが出されている。これもまた美味であり、素材の味とドレッシングと両方の味わいを楽しめる。

 次はこの世界に来て初めて目にする食材だ。


「これは、魚?」

「カマドではお目にかかれないだろうな!」

「水棲の魔獣なのですが、よく知っていましたね」

「あっ、魔獣なんですね」


 そこは知らなかったよ。

 でも、見た目は日本でも見ていた魚の大きいバージョンである。

 口に運んでみれば淡白でありながらもしっかりとした歯応えがあり、味付けは濃い目なのだが素材が良いのか後味はさっぱりとしていた。


「うわっ! これ、とても美味しいですね!」

「だろう? 俺様が作る料理だからな!」

「私もゴーダさんの料理の虜ですからね。王都に来る時は必ず立ち寄るのです」

「まあ、最近じゃあ何年も来てなかったがな」

「私も忙しかったのですよ」


 でしょうね。山のような書類を一人で片付けていたんですから。……まあ、片付いていなかったわけですけど。

 今回だってカミラさんとノーアさんがいたから来れたわけで、いなかったらどうしたのだろうかと疑問である。


「食事が終わったら声を掛けてくれ。ちょっとした噂話があるからよ」

「……分かりました」


 笑顔だったホームズさんの表情はすぐに真剣なものへと変わる。僕だってそうだ。

 この王都でどのような噂が流れているのか。それがゾラさんや『神の槌』に関わることなのか。

 一抹の不安を抱えながら、ゴーダさんの料理に舌鼓を打つのだった。

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