揉め事

 夜営地点に戻ると、何故だか男性陣と女性陣が睨み合っている──主にラウルさんとロワルさん、そしてアシュリーさんだ。

 何事かと、僕とヴォルドさんが顔を見合わせて首を傾げる。


「だーかーらー! 今日は俺達のところで食事をするんだってば!」

「そっちは今日の朝一緒だったんだからいいだろ!」

「ダメよ! 男性陣はがさつな人が多いんだから、私達のところにいるべきなの!」


 話の内容が掴めていないヴォルドさんだったが、僕には何を言っているのか理解できた為、頭を抱えてしまった。


「あー。あれ、ガーレッドを取り合ってますね」

「はあ? なんだそりゃ?」

「今日の朝、ご飯をよそってもらうときに約束したんです。夜営の時は男性陣のところでガーレッドと一緒にって」

「そういうことか。確かにあの双子はかわいいものが好きだからなぁ」


 強面のヴォルドさんの口からかわいいという単語が飛び出したことに内心で驚きながら、僕は駆け足で三人の間に割って入った。


「喧嘩はしないでくださいねー」

「ピギャギャー!」


 僕を──というよりガーレッドを──見た三人は、言い合いをピタリと止めてしまった。


「コープス君! 聞いてないわよ!」

「ジンは約束してくれたんだからな!」

「そうだそうだ! ジンを嘘つきにするつもりか!」


 そして、何故か僕に矛先が向いてしまった。


「とりあえず、今日は男性陣のところで食事をしますから、すいません」

「そんな! ガーレッドちゃんを愛でるのを楽しみに頑張ってきたのに!」

「明日の朝じゃダメですか?」

「今日も明日も愛でたいの!」

「それは横暴だ! 俺達はどうするんだよ!」

「独占反対!」

「あんた達はナイフでも愛でてなさいよ!」


 ア、アシュリーさん、見た目に反してものすごくきついことを言うんだ。ナイフを愛でろって、それ傍から見たら怖いからね。


「はいはいはいはい! お前達は何をやってるんだ!」


 仲裁する為にヴォルドさんも僕の横にやって来た。

 さすがにリーダーであるヴォルドさんにまで突っかかれないのか、三人とも言葉に詰まってしまった。


「今日の襲撃を忘れた訳じゃないだろうに。ラウルとロワル、哨戒はどうしたんだ?」

「ガ、ガルさんとグリノワさんが変わってくれたんだ」

「べ、別にサボってる訳じゃないよ! 食事も交換でってことになったから!」

「それで二人とも抜けたのか? 本職が?」


 二人の主張──もとい言い訳を聞いたヴォルドさんはアシュリーさんに向き直る。


「時間はあったはずだが、何故に食事がまだなんだ? アシュリーも哨戒に出ていたのか?」

「クリスタさん達の料理を手伝っていたのよ!」

「それだけか?」

「それは、その……ガーレッドちゃんと食事を、したくて……」


 アシュリーさんの言い訳も聞いたヴォルドさんは、大きな溜息を吐き出した。


「それで、後ろの連中も同じってことだよな?」


 矢面に立っている三人とは別に、後方には女性陣でニコラさんにメルさん、クリスタさんとシリカさんまでいる。

 一方の男性陣にはダリルさんだ。

 ガルさんとグリノワさんはどうでもよくなったのかもしれない。

 ホームズさんはというと……完全に傍観者となって離れたところから成り行きを見守っているようだ。


「まったく。あー、小僧よ。食事は何処で摂っても同じだな?」

「味がってことですか? まあ、同じですね」

「ガーレッドの食事は?」

「それはカマドから持ってきてます。ここの食事も食べさせる予定ですけど」

「そうかそうか」


 何度か一人で頷いていたヴォルドさんだったが、次の言葉に皆が愕然としてしまった。


「小僧とガーレッドは、俺とザリウスと食事を摂ることにする」

「まあ、それがいいかもしれませんね」

「ピー、ピキャ?」


 ガーレッドだけが首を傾げており、状況を理解できていないようだ。


「ご飯を僕と一緒に食べるってことだよー」

「ピキャキャ! ピーキャー!」


 うんうん、僕も嬉しいよ。

 ガーレッドがそうやって言ってくれることが僕にとっての幸せですよ。


「ち、ちょっと、グランデさん! それはひどいですよ!」

「俺達、朝から約束してて、それを楽しみにしてたのに!」


 ラウルさんとロワルさんが詰め寄る。


「そうですよ! リーダーだからって横暴じゃないですか!」


 アシュリーさんも詰め寄ってくる。


「……てめえら、黙れよ?」


 だが、戦闘の時以外は穏やかだったヴォルドさんの低く唸るような声音に、その場にいた全員が顔をひきつらせて固まってしまう。

 僕だってそうだ。まさか、これくらいでヴォルドさんが激怒するとは思ってもいなかった。


「俺達は何の為にここにいるんだ? わざわざ喧嘩をしにここまで来たんだったら、さっさと戻ってくれて構わんぞ? その結果、ゾラ様とソニン様が死んでしまったら、俺はカマドには戻れないけどな」


 ……あぁ、そうだった。僕も何をしていたんだろう。

 ガーレッドが目を覚ましてくれて、みんなが可愛がってくれたせいで舞い上がっていたのかもしれない。

 僕たちの目的は──


「……ヴォルドさん、すいませんでした。僕とガーレッドはそちらで食事を摂りたいと思います」

「小僧が謝ることではないんだがな」

「いえ、僕が少し舞い上がっていたんです。だけど、たまには息抜きにガーレッドと戯れるのも許してくれませんか?」


 舞い上がっていたかもしれない。だけど、冒険者たちの士気を向上させるのも必要なことだと僕は思う。

 ヴォルドさんもそのことは分かっているのだろう。


「というわけで、明日の朝は全員で食事を摂るぞ。そして、みんなでガーレッドを可愛がればいいさ」


 大きな手で僕の頭を撫でてくれたヴォルドさん。

 ……僕の心配はいらなかったみたいだ。


※※※※

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