太刀
「……ほぅ。こりゃ、すげぇなぁ」
太刀を手に取りそう呟いたヴォルドさんは、おもむろに近くで伸びていた若木に刃をあてる。
力強く振り抜いたわけではない。本当に軽く刃をあてただけなのだが、樹皮には一筋の傷が出来上がり樹液が流れ出す。
「木葉を斬って見てください」
「こ、木葉だと?」
「はい。舞い散る木葉を」
首を傾げるヴォルドさんだったが、言われた通りに目の前を風に乗って通り過ぎていくいくつかの木葉に目をつける。そして──
「ふっ!」
両手で柄をしっかりと握り、鋭い袈裟斬りを放つ。
「……嘘だろ、マジかよ!」
興奮気味にヴォルドさんは声をあげる。その様子を見て、僕は心底安堵していた。
木葉は太刀の軌道に合わせて両断されると、そのまま地面に落ちていく。
太刀の斬れ味、問題なさそうだね。
それでも、舞い散る木葉を斬るにはその人の技量が一番ものをいうので、ヴォルドさんの実力あっての芸当なのだ。
単純に興奮しているヴォルドさんはそのことをすっかり忘れているみたいだけど。
「こいつはすげぇや! ……だが、
「えっ! そ、そんなに価値があるものなんですか?」
さらりと言われた発言に、僕は顔をひきつらせてしまう。
「素材だけでも中金貨が動くような代物だからな。それをここまでの武器に仕上げたんだから、大金貨が数枚飛び交うだろうよ」
「……えっと、その、ダリルさんを呼んでくるべきですかね?」
それだけの大金となれば、僕一人の判断でホイホイあげるわけにはいかない。
そもそも昨日の
「これは俺からダリルさんに話を通しておこう。それか、クリスタさんにも伝えてた方がいいかもな」
「クリスタさんですか? シリカさんじゃなくて?」
クリスタさんは冒険者ギルドから派遣されている。素材は役所からの持ち出しなので、伝えるならシリカさんの方がいいんじゃないのかな。
「本来ならそうなんだろうが……あの嬢ちゃんはなんというか、頼りないんだよな」
「あー、えっと……そうですね」
フォローしようと思ったけど、全く言葉が出てこなかったよ。
「クリスタさんならしっかりしてそうだし、ダリルさんと二人で情報を持っていればなんとかなるんじゃないか?」
「うわー、丸投げですね」
「このあたりは交渉役の仕事だろう?」
ニヤリと笑って告げてくるヴォルドさんに、僕も乗っかることにした。
作っておいてなんだが、大人の事情は大人に解決してもらいたい。適任の人がいるならば投げてしまうのが一番早いだろう。
「なーに、安心しろ。ダリルさんは昨日の時点で戦力の増加に同意を示してくれている。クリスタさんもちゃんと説明したら、こいつを使うことを了承してくれるさ」
「そうそう、これはヴォルドさんが使いますか? それともグリノワさん? 刃長が長いので身長のあるヴォルドさんの方が使いやすいかなって思うんですけど」
素材の重さがあるにもかかわらず、ヴォルドさんは片腕で軽々と振っている。太刀を振っても様になっていることから、出来上がってからずっと戦い方を考えていたのかもしれない。
「うーん、グリノワと相談だな。だが、小僧の言う通りこの長さなら俺が使った方が取り回しが効くだろう。それも踏まえて相談するさ」
「ありがとうございます」
お礼を口にして頭を下げた僕だったが、頭を上げてもヴォルドさんは僕のことを見つめている。なんだろうと首を傾げると、太刀を指差しながら口を開いた。
「こいつの名前は何て言うんだ?」
「名前ですか?」
「これだけの一品だ。ただの剣じゃあ勿体ない。太刀ってのが名前って訳じゃないんだろう?」
「まあ、そうですねぇ」
ファンズナイフの時もそうだったけど、やっぱりいきなり名前を付けるとなると悩んでしまう。しかも自分が使うものであればどうでもいいけれど、他の人が使うとなればそれなりの名前をつけなければかわいそうである。
だが、この太刀であれば漆黒という誰が見ても分かる特徴を持っているので名前を考えるのは簡単そうだ。
問題は僕の剣に
『──ギンロウトウ? 初めて聞く響きじゃのう』
日本刀として名前を付けると、この世界では聞きなれない響きになる可能性が高いのだ。
……でも日本刀にはそれっぽい名前を付けたいよね。
僕はとりあえず名前を付けて、その反応を見て最終的にはヴォルドさんに決めてもらうことにした。
漆黒ということで黒という漢字は使うべきだろう。
さらに重たいという特徴を伝える為にはどうしたらいいだろうか。重という漢字を付ければ簡単なのだが、それでは
……うーん、あまり好きな響きではないんだよなぁ。
ならば甲羅から一文字頂いたらどうだろうか。
甲だと同じ字が並ぶから、頂くなら羅だろうね。黒と羅を組み合わせて──
「
「コクラトウか。あまり聞かない名前だが、良い響きだな」
ヴォルドさんは気に入ってくれたようだ。
名付けは武器を打った者の最後の仕上げでもあるし、これからもっと沢山の名前を付けていくことになるかもしれないと考えると、目の前の一振りくらいにはすぐ付けれるようにならなければいけないな。
とにかく、僕は魔獣の素材から無事に黒羅刀を打つことができてホッとしていた。
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