日本刀
イメージを頭の中で作り上げると、まずは型を作成する。
本来なら鍔と柄も必要なのだが、ここもやはり一つの素材から一続きで作っていく。
斬れ味を最大限高めるための反り、刃長は少し長めで八〇センチくらい。
いわゆる太刀を打つことにした。
おそらく、これはヴォルドさんが使うことになるかもしれない。
ドワーフはみんながそうなのか分からないけど、ゾラさんのように身長があまり高くないグリノワさんが使うには少し長めだからね。
それに、
申し訳ないけれど、グリノワさんやガルさんには次の機会で作ることにしよう。
「……よし、決まったぞ」
そして、毎回緊張する作業に取りかかる。
僕はヴォルドさんに重亀の甲羅を土窯の中央に置いてもらい、深呼吸をしてから炎を点した。
魔獣の素材、さらには亀と言うくらいだから水棲の魔獣なのだろう。ならば素材ではあるが火属性に耐性がある可能性も否定はできない。
融点が鉱物よりもさらに高い可能性も視野に入れて温度を上昇させていく。
赤や黄色の炎ではびくともしない素材に驚きつつも、さらに温度を上げる。
白い炎になったが、まだ変化はない。
徐々に青い炎が窯の中で揺らめき始める。
風に乗って窯に落ちてくる枯れ葉は触れる前に燃えて一瞬で灰に変わってしまう。
森の中でも拓けた場所に簡易土窯を作っているので森を燃やすことはないだろうが、この火力では心配になってくる。
だが、それでも重亀の甲羅はびくともしない。
魔獣の素材で鍛冶をする場合の話は聞いたことがないので、もしかしたら錬成と同じように特殊な方法があるのではないだろうか。
そう考え始めた時だった──
「あっ! 少し、溶けてきた!」
「ピッピキャキャー!」
ものすごい熱量にガーレッドが喜んでいる声が聞こえてきた。
そして、びくともしなかった重亀の甲羅の表面がドロリと溶け、逆円錐になっている穴に向けて流れ始める。
ここまで来ると一気に溶かさなければならない。
最初に型へ流れ落ちた部分が固まってしまっては鍛冶が失敗する可能性もあるからだ。
火力を上げて中心部分にも熱を送り込むと、漆黒の素材はまるで水になったかのように溶けて型へと流れた。
「よし──って、重いっ!」
両手で持つのも億劫だった素材である。それを片手で、それも鋏で挟んだ状態で持たなければならないのだと始めて気がついた。
慌てて無属性魔法を発動し、片手でも軽々と持っているイメージを作り出すと幾分か楽になったのだが、それでもまだ重いと思えるだけの重量を感じる。
「こ、これが、魔獣の素材ってことか!」
まだ槌を振るっていないにもかかわらず、全身からは大量の汗が溢れ出していた。
動けなくなるかもという疑念が一瞬頭をよぎったのだが、鍛冶をする為ならば仕方ないと意識を切り替えて槌を握りしめる。
そして──勢いよく槌を振るった。
「ぐっ! て、手が痺れる!」
ライトストーンも跳ね返しは強かったのだが、重亀の甲羅はその何倍もの跳ね返しが手に返ってくる。
一瞬でも気を抜けば槌が吹っ飛んでしまうだろう。
素材にも、右手にも、さらに出来上がりのイメージにも意識を集中させて、邪魔になる全ての情報を遮断して一心不乱に槌を振るっていく。
その時、
完全なる遮断により視覚は槌と重亀の甲羅だけを捉え、聴覚は槌が重亀の甲羅を打つ音だけを聞き、触覚は槌を跳ね返す重亀の甲羅を衝撃をしっかりと受け止める。
頭の中で思い描く太刀。舞い散る木葉が刃に触れるだけで両断できる斬れ味。
漆黒の甲羅ということで刀身ももちろん漆黒である。
刃文をどのように浮かび上がらせるか? 僕は漆黒の上に白い線で刃文を作ることを決めていた。
打ちながら考えていては失敗する。僕はそれを経験済みだ。素材の色を見た時から刃文を浮かび上がらせる方法はこれしかないと考えていた。
高温になった素材から発せられる熱に体温を上昇させながら、汗を蒸発させながら、反りも思い描いた通りに成形していく。
「ふっ!」
最後に気合いを入れた一振りを打ち、太刀の為に作り上げた細長い桶に溜めた水の中に突っ込む。
これまでで一番の高温を保持したままの太刀は、水を音を立てて沸騰させ、水蒸気へと変換すると白い煙を立ち上らせる。
鍛冶が成功ならば水の中から光が弾け飛ぶ──のだが、今回はいつまで経っても光が弾けることはなく、光すら現れない。
「……あ、あれ?」
「なんだ、失敗か?」
魔獣の素材だったから、鉱石の素材とは勝手が違ったのか? そう思った直後──
──ボコボコッ。
水が黒く濁り、まるでヘドロからガスが抜けるかのように気泡を作り弾けている。
ゴクリ、と唾を飲み込みながら僕は出来上がっているはずの太刀を取り出した。
「…………で、出来たの、かな?」
「いや、俺に言われても分からんぞ?」
見た目は僕が思い描いた通りの形で仕上がっている。漆黒の刀身の上で白い線が波打ち、個人的には見ていて飽きないくらいに美しく仕上がった。
ただ、今回は芸術品ではなく武器としての機能が一番重要なのだ。
「うーん、試し斬りしてみていいか?」
「……お、お願いします」
手渡した太刀を握ったヴォルドさんの表情は、何故だか驚愕に彩られた。
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