心配を胸に
ホームズさんは事務所で明日の準備を進めていたので、僕はガルンさんの件で声を掛けた。
「良かったんですか?」
「コープスさんも気づきましたよね?」
「あー、まあ、そうですね。今回は短気な人ほど危険ですもんね」
「その通りです。小さな火種が
事務所の入口から顔を覗かせて外に目をやると、ガルンさんが背中を丸めて出ていくところだった。
可愛そうではあるけど、これも救出作戦の成功の為なので理解してほしい。
「僕も準備しなきゃですね」
「槌と鋏以外に何か必要なものでも?」
「役所から素材の提供があるとはいっても、何があるか分かりませんからね。錬成済みの素材をいくつか持っていこうと思ってます。幸い、ホームズさんから貰った
肩にかけていた魔法鞄を軽く叩いて笑みを浮かべる。
ホームズさんは苦笑しながら、あまり持ち出しをしないようにと注意を口にしていた。
部屋に戻る途中、僕は想定外の人物から声を掛けられた。
「……ジュラ先輩?」
「おう。今、時間大丈夫か?」
今は五の鐘が鳴ってすぐなのでお昼時である。出発は明日の朝なので、それまでに準備をすれば問題ないだろう。
「大丈夫ですけど、えっ? また鍛冶勝負ですか?」
「違う! なんでそうなるんだよ!」
あっ、ですよねー、あははー。
「……棟梁達のことが噂で広がっているんだ。それと、ジンもついて行くってな。それ、本当なのか?」
「本当だよ。おそらく僕が原因の可能性が高いからね」
別に隠すことでもないので本当のことを口にする。これで嫌われてしまっても仕方がないと思うからだ。
「……必ず戻ってこいよ」
「えっ?」
嫌われてはいないものの、好かれているとも思っていなかったので、まさか身を案じる言葉が掛けられるとは予想していなかったよ。
「そして、また俺と鍛冶勝負をしろ!」
「何だ、結局そっちに行くんですか」
「そ、それでだ、お互いに、実力を付けていこうじゃないか!」
……マジでどうしたの、この先輩は。
顔を赤くして、耳まで赤くして、何故このようなことを伝えに来てくれたのか。
「……あー、えっと、分かりました」
——そうか。これが、ジュラ先輩流の心配の仕方なんだと遅れて気づいた。
鍛冶勝負をしているということは、僕が王都から無事に戻ってきたということ。
そして一緒に実力を付けるということは、ジュラ先輩が僕を認めてくれたということだ。
「不器用なんですねー」
「な、何がだよ!」
こういうやり取りも、仲直りできなければ叶わなかったわけだから、嬉しい限りだな。
「鍛冶勝負はどうかと思いますけど、お互いに切磋琢磨して頑張りましょう!」
「せ、せっさ? お、おう!」
ジュラ先輩の反応を見て四字熟語は通じないのかもしれないと思い、あははーと誤魔化しながら部屋に戻っていった。
……何故だろう。こういう日は一度ならず二度三度と声を掛けられる日なのだろうか。いや、別に嫌じゃないからいいんだけどね。
待ち受けていたかのように、曲がり角を進んだ先でナルグ先輩とタバサ先輩が手を振っていた。
「よー、コープス少年! 元気かな?」
「あんたは煩いのよ。昨日はおめでとう! まさかコープス君があんな凄い鍛冶をするなんて思っていなかったわよ」
「えっと、ありがとうございます」
いかにも普通の会話をしている風を装っているのだが、発する言葉を考えながら話していることが読み取れてしまう。
二人にも、ゾラさん達のことは伝わっているのだろう。
「少年、噂に聞いたんだがお前も——」
「行きますよ」
「答えるの早いな!」
「だって、さっきもジュラ先輩に聞かれたんだもん」
「へぇ、あいつがねぇ」
タバサ先輩は意外な表情を浮かべている。
まあ、鍛冶勝負を挑まれている時点で恨まれているだろうし、みんなの目の前で完敗したのだからそう思うのも仕方ないだろう。
僕としてはホームズさんの部屋で仲直りしていたので、驚きはしたものの意外ではなかったが。
「ついにジュラまでコープス少年の虜になったようだな!」
「だからあんたは煩いのよ」
「……タバサが酷いよ」
ジュラ先輩の話を聞いたからか、二人の雰囲気が以前話をした時のように穏やかになっている。
まだ多く話をしているわけではないのにこうして心配してくれるというのも、やはり嬉しいものだ。
「でも、コープス君はなんでついて行くの? 行く意味ってあるのかしら?」
はたから見ればただついて行くだけに映るのも仕方ないので、僕は事情を説明した。
「……鍛冶を」
「……外で?」
突拍子もない答えに二人とも唖然としてしまった。
「それで、先輩達からいただいた素材もいくつか持っていこうと思いまして。錬成も済んでいるのですぐに使えますから」
「あぁ、そうなのか。……ってサラリと話を進めるなよ!」
おぉぅっ! まさかのノリツッコミ!
「コープス少年、君は何を言っているのか分かっているのか?」
「そうよ! そんなもの、できるわけないじゃないの!」
「えっと、実は、できちゃったんですよね」
「「…………はい?」」
外で打ったショートソードを取り出して二人に見せると、口を開けたまま固まってしまった。
「確かこれ、ナルグ先輩から貰ったキルト鉱石で打った剣なんですよ」
「はあ? ちょっと待て、俺は失敗作しか渡してなかったよな?」
「はい。それがこれになりました」
「……失敗作が」
「……一級品に?」
同じやり取りを繰り返しそうなので、二人には申し訳ないが僕はササッとこの場を離れることにした。
「準備もあるので失礼しますね!」
「あ、あぁ……」
「気を、つけてね……」
手を降ってくれたものの、その表情は呆けたままであった。
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