審査員と一試合目

 どんな人なんだろうと思い、僕はカズチに小声で聞いてみた。


「ねえねえ、この二人って凄い人なの?」

「おま! ……まあ、知らなくても仕方ないか。ジンが加入する前に『神の槌』を卒業していった人たちだからな」

「卒業?」


 そういえば『神の槌』出身者って言ってたし、ここで実力をつけて自分の店を持ったとかなのかな。


「ルークス様は個人で北地区に店を開いているんだけど、『神の槌』北支店と毎回売上トップを競っているトップの鍛冶師だ。テール様は鍛冶クラン『ドライデン』の棟梁で、『神の槌』がなければカマドで一番のクランだって言われてるよ」

「なーに? 君は私達のことを知らないのかな?」

「むむ、それも失礼ではないか?」

「いや、初対面なんだから知らなくて当然ですよ」


 クランもここ以外は知らないわけだし、どうしようもないんですよね。


「まあまあ、お二人もコープスさんも落ち着いてくださいね。先ほども言いましたが、審査員は私とアクアさんとポニエさんで行います。ルールはジュラ君から提示された内容で行いますので、勝敗は二試合目、もしくは三試合目でつきますのでよろしくお願いします」

「ふん、三試合もいらないだろうよ」

「ぜひ三試合目までやりたいですね!」

「ジンの場合はただ鍛冶がしたいだけだろ」

「そうだよねー、ジンくんだもんねー」


 何気にカズチとルルも酷いんだけど……っていうか、みんな酷くない? いや、前からだったけどさ。


「使用する素材は銅です。これは、コープスさんが銅でしか鍛冶をしたことがないからですが、そこはジュラ君、了承いただけますか?」

「もちろんです。しかし、銅でしか鍛冶をしたことがないとはな!」


 いやいや、ゾラさんの弟子ではあるけど加入してそんな経ってないし、入院してる期間もあったし、当然じゃないのか? ジュラ先輩もそれを知ってて鍛冶勝負を挑んだんじゃないのか?


「……ポニエちゃん、何で私達が呼ばれたんだろうね?」

「……おいらに聞くなよ」


 ほら、二人も困惑してるじゃないか。

 それに気づくこともないジュラ先輩って、もしかして天然? いや、ゾラさんの弟子ってだけで嫉妬が先行して何も見えなくなってるとか? だとしても酷い気がする。

 これは、本当に負けられなくなってきたな。


「ねえ君、本当に勝てるつもりなの?」


 おもむろにアクアが小さな声で話し掛けてきた。


「何ですか急に」

「いや、見た感じだと君はこの勝負の不毛さに気づいてるみたいだったからさー」


 そりゃそうでしょうね。


「勝つつもりでやりますけど、当初は鍛冶ができるーって喜んでただけなんですよ」

「……何それ」


 目を丸くして驚いているアクアだが、本当のことだから仕方ない。

 時間制限を設けられている中で、ゾラさんとソニンさんが王都に行くことになり、さらに時間が削られてしまったのだ。

 僕にとって、鍛冶ができる時間は何より確保したいものだったんだよね。


「へぇー、すでに鍛冶部屋をねぇ」


 時間制限云々よりも、鍛冶部屋があることにアクアは食いついたようだ。


「ゾラ様は相当に君のことを買ってるんだねぇ」

「どうでしょうか。面白いから置いてるって可能性も否定できませんよ?」

「……あはは! それもそうかもね!」


 最後の笑い声は普通の声量だったので、周囲の人たちが一斉にこっちを振り向いた。


「まあやれるだけやってみなよ、見習い君!」


 何がツボにはまったのか分からないが、どうやらアクアさんの中でからに格上げされたようだ。……あまり嬉しくないけど。


「それでは一試合目を始めたいと思います。二人には中ランクの銅をお渡ししますので、これをどれだけ上のランクで仕上げることができるのか、それを競ってまいります。作るのはナイフ、お渡しする銅の質量に合わせて作り上げてください」


 手渡されたのは普段の自主練で行ってるランクと同等のランクの銅で、サイズもナイフを作るには申し分ない。

 ジュラ先輩の鍛冶も気になるけど、まずは自分の作品に集中しなければならない。

 だって、僕が見た鍛冶はゾラさんの鍛冶だけなわけで、普通の鍛冶とは明らかに違うみたいなんだもん。普通の鍛冶も見てみたいんだよね。


「ナイフか、簡単だな」


 そう呟いたジュラ先輩は、準備していた鞄の中から柄になる部分をいくつか取り出してイメージを膨らませているようだ。


「そっか、柄を準備したらあんなこともできるんだね」

「お主、柄を準備してないのか?」


 そこに声を掛けてきたのはポニエさんだ。この人の喋り方は何だろう、独特だな。


「最初に貰った加入祝いが一つの素材で刀身から柄まで作られた剣だったから、僕もそれで作ってるんです」

「ほほう……一つの素材でか……」


 そうですよね、変ですよね。

 僕もそれは思うんですけど、柄の作り方まで習ってないので仕方ないんですよ。


「面白い奴だな」

「へっ? そうですか?」

「うむ、面白い。まあ頑張ることだな」


 ……な、何なんだろう。二人ともコソコソと近づいてきてボソボソと話してくるんだよね。

 よく分からないけど、頑張ることに変わりはないので気にしないことにしよう。

 ホームズさんから銅を受け取ると、僕の分の窯の前に移動する。

 ジュラ先輩も準備は整ったようでこちらを睨みつけるように見ている。


「二人とも準備はいいですね。それでは、始めてください」

「「はい!」」


 ホームズさんの合図とともに、お互いの窯に火が灯った。

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