本番
翌朝、僕は一の鐘に合わせて目を覚ました。寝不足で鍛冶ができませんでした、では目も当てられないからね。
ガーレッドはまだ寝息を立てている。起こしてしまっては申し訳ないので顔を覗き込むにとどめた。
ゆっくりとベッドから抜け出して床に座りストレッチ。いつもの流れで体をほぐしてから、一度伸びをする。
「……うん、問題ないね」
自分の体の感覚を確かめて呟く。
昨日は鉱山に行って長い距離を歩いたからどうかと思ったけど、案外大丈夫なものだと驚いている。
不可抗力だけど、色々な事件が多少なりとも僕の体力向上につながっているのかと考えれば、少しは気持ちが楽になるね。
「――……ピ……ピキュー」
「おはようガーレッド」
「ピー、ピーキュー」
寝ぼけ眼で返答してくれた。
頭を撫でながら、僕は鍛冶部屋に続く扉を見つめる。昨日は一日、鍛冶をしなかったんだよね。
「……ここまで鍛冶をしないのって、久しぶりかも」
当初は生産関係の職に就ければ、程度に考えていたのが今では毎日のように鍛冶ができる環境に身を置いている。
今回の鍛冶勝負に負けても『神の槌』を出ていけとかではないのだけど、僕といるだけでカズチの評価が下がるとか言う輩に負けるわけにはいかない。
「ピーピキュー」
「お腹空いたね、ご飯食べようか」
「ピキャン!」
昨日受け取っていたサンドイッチをガーレッドと分けて食べていると、二の鐘が鳴った。
もう少しか、そんなことを考えているとドアがノックされる。
「はーい」
入ってきたのはカズチとルルだ。二人とも神妙な顔をしており、今日の勝負を心配してくれているのが一目で分かった。
「二人は僕のことを応援してくれるよね?」
「当然だろ!」
「絶対に負けないでね、ジンくん!」
「ピギャギャー!」
二人とガーレッドからの声援を受け取り、僕は気合いを入れ直す。
「もちろん、負けるつもりなんてないからね!」
ガーレッドを鞄に入れて立ち上がった僕は、ゾラさんから貰った愛用の槌を手にする。
カズチとルルがドアを開けて促してくれたので、僕は部屋を出て鍛冶場へと向かった。
※※※※
鍛冶場にはすでに多くのクランメンバーが集まっており、ギャラリーは十分だった。
中央の窯の横にジュラ先輩が立っており、腕を組んでこちらを見据える姿はまるで鬼のようである。
……いや、そんな睨まれても何も出てこないんですけど。
「遅いぞ!」
「えっ、まだ三の鐘は鳴ってないんですけど?」
十分早く来たつもりだったんだけど。
「ふん、準備の時間もいらないとは、やはり貴様は未熟だな!」
一の鐘で起きて気持ちは作ってきている。ジュラ先輩が知らないだけで、僕の準備はすでに整っているのだ。
肩掛け鞄を取ってカズチにガーレッドを渡すと僕は一歩前に出てジュラ先輩を見据えながらにこりと笑う。
「楽しみましょうね」
「何が楽しみましょうだ、叩き潰してやる!」
相当嫌われてるねー。
「二人とも、そこまでにしてください」
そこに声を掛けてくれたのはホームズさんだ。そしてその後ろには見たことのない二人の女性が立っていた。
「ザリウスさん! それに、アクアさんとポニエさんまで!」
ギャラリーからもざわざわとした感じが伝わってくるのだが……えっと、どちら様でしょう。
「そっちの小さいのがジュラとやるのか!」
「ふーむ、これは勝負する意味があるのか?」
むむ、二人とも酷い言い草である。
しかし、小さいといった人なんだが……あ、頭から、何やら耳のようなものが……猫耳のようなものが出ているのだが、気のせいだろうか。
「私の名前はアクア・ルークス。猫獣人の鍛冶師で『神の槌』出身者ね!」
「おいらはポニエ・テール。ドワーフでおいらも『神の槌』出身者だよ」
やはり猫耳! というか獣人もいる世界だったのか!
なんか久しぶりに異世界って感じが強く出た瞬間だったなぁ。
「ところで君はなんて言うんだい?」
「あっ! し、失礼しました。僕はジン・コープスと言います」
「ふむ、君がゾラさんの弟子か」
二人からまじまじと見られているが、何を見ているのだろうか。
「背も低いしそれでいて普通の人間かぁ」
「ふーむ、そして線も細いし力も無さそうだ」
な、何だかものすごく酷い言われよう何ですけど。
「「……何故弟子に?」」
「二人とも酷いですよ!」
それって初対面の人に言うことですかね!
「アクアさんもポニエさんも、コープスさんをあまり虐めないでくださいね」
「えー! 酷いよホームズさん! 私はそんなことしてないよー!」
「おいらも心外だな。ただ本音が出ただけじゃないか」
「いや、それが酷いって言ってるんですよ!」
ポニエさんはさらりと酷いことを言う人だな!
まあ、僕の見た目から鍛冶師見習いだなんて誰も思わないだろうから仕方ないといえば仕方ないんだけど、もう少し言い方があってもいいと思うよ。
「ホームズさん、どうしてお二人がここにいるんですか?」
僕の思いをよそに、ジュラ先輩が口を開いた。
「今回の審査員は私とアクアさんとポニエさん、この三名で行いたいと思い、私がお呼びしました」
そういえば審査員を見繕うって言ってたっけ。それがこの二人なのかと思ってしまったのはおそらく僕だけなのだろう。
周りの鍛冶師たちは何やら尊敬の眼差しを向けているみたいだからね。
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