悩める少年

 僕は錬成の練習で作った銅を取り出していつものように準備を始める。

 それを見ていたホームズさんは首を傾げながら問いかけてきた。


「取ってきた素材は使わないのですか?」

「鍛冶も時間制限があるし、練習の素材で事足りてるんですよね。なので、まだ手をつけてないんですよ」

「そうだったんですか。先程は何を?」

「今後のことを考えて自主練用と本番用に分けていたんです」


 なるほど、と呟きながら頷いているホームズさんを横目にナイフの型をはめて土窯に銅を放り投げる。

 瞼を閉じて深呼吸を、頭の中に作り上げるナイフをイメージ、形がブレないようにしっかりとしたイメージを固めていく。


 ――カーン、カーン。


 二の鐘が鳴り瞼を開く。

 目の前の土窯に火を灯して銅を溶かす。温度調整も手馴れたものである。

 型に流れていく溶けた銅を見つめながら心の中で気合を入れて、やや硬くなった銅を鋏で取り上げて金床かなとこに乗せた。


 鋏を左手に持ち替え、右手で槌を握る。

 いつもと同じ工程を繰り返しているので作業自体は順調に進んでいく。

 僕の予想ではイメージ力、絶対に上手く仕上がるのだと自信を持つことで成功するはずなのだ。


 しかし――桶の水につけたナイフからは薄い光が立ち上るだけで、それ以上のことは起こらなかった。

 ……また、失敗かぁ。


「これがコープスさんの鍛冶ですか」

「最近はずっとこんな感じです。上手くいかないんですよね」

「そうなんですか? 素材よりもランクが上で仕上がれば十分成功と言えますよ」

「そうだと思うんですけど、最初が最初だけに」

「あぁ、まぁ、そうですね」


 あれがなければこの結果も喜べていたのかもしれないけど、一度あれを見てしまうとどうしても目指したくなる。

 そのせいで行き詰まっているのだから元も子もないけどね。


「ですが、あまり焦っても仕方がありませんよ」

「焦りますよー」


 錬成でも上手く出来たのだ、先に上手く出来た鍛冶が出来ないはずがない。

 そう考えると焦ってしまうのだ。


「その焦りがいけないのではないですか?」

「イメージ力じゃないってことですか?」

「イメージ力も大事ですが、それだけではないと言うことです」


 イメージ力と、それ以外にも大事なことがある。

 分かってはいるけど、今はそれがなんなのか探っているような状況だ。

 落ち着いてやっているつもりだけど、やはり深層心理の部分で焦りが出てしまっていると言うことだろうか。


「焦らず落ち着いて、何より楽しんでやることが大事ですよ」

「うーん、落ち着いてやってるつもりなんですけどね。ものすごく楽しいし!」

「それならば、今はそれでも良いのではないですか?」

「嫌です!」


 できることをやらなければ上手くならない! それはこの世界の知識を持たない僕にとって必然なのだ!


「今はまだ焦る時ではないんですがねぇ」

「数をこなせば鍛冶スキルを習得できるかもしれないし、そうしたら解決する可能性もありますよね!」

「それはまた極端ですね」


 鍛冶の第一の目標は鍛冶スキルの習得なのだ。

 そこから鍛冶スキルのカンスト、そこで初めて唯一無二の武具が作れるようになる。

 そこに繋がる鍛冶の成功率、今ここで何かしらのとっかかりを掴めなければ無駄な時間が増えてしまうかもしれない。

 ……一度は死んだ身である、時間を無駄にすることだけは避けたいんだよね。


「よし! 気合を入れて、なおかつ冷静にもう一度トライするぞ!」

「無理は禁物ですよ」

「はーい!」


 今度はカズチから貰った銅を土窯に入れる。

 今回の銅は上の下、ランク的には先程よりも上質なものだ。さらに言えば最初に超一級品に仕上げた銅と同程度のランクでもある。

 ここで失敗しては最初の鍛冶が単なるマグレと言われても仕方がない。


「――よし、やるぞ!」


 両頬を強めに叩いてから火を灯した。

 魔導スキルを習得してからというもの、魔力枯渇で体調を崩すこともなくなった。鍛冶と錬成以外で魔法を使ってないというのも大きいと思うのだが、それでも疲労感は大幅に軽減された感じがする。


 溶けた銅を見つめながら金床に乗せ、肩の力を抜いてから槌を振るう。

 体の動かし方までイメージ力を膨らませて銅を叩いていく。

 薄く伸びる銅、何度も作ってきた形、前回よりもイメージは強固なものになっている。

 無属性魔法も無駄なく発動、力を強化して甲高い音が鍛冶部屋に響き渡る。


「これで、どうだーっ!」


 気合を言葉にして祈りながら水につける。


 ――ピカッ……ピカー。


「……」

「ちょっと、見せていただきますね」


 いや、もう、光り方で分かってますから。僕の雄叫びの祈りを返していただきたい。いや、返してください、すいません。


「あー、一つ上のランクですね」

「分かってますよー!」


 頭を抱えながら天を仰いだタイミングで、三の鐘がカマドに鳴り響いた。

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