向上心

 まずはカズチがサラおばちゃんの雑貨屋さんに商品を卸していることから説明した。


「何それ、面白そうじゃないの!」

「そうですか? カズチの成長の為に思いついただけなんですけど」

「それって、『神の槌』だけじゃなくて他のクランの新人にも需要がありそうじゃないの! カマドの産業が発展する兆しになるわ!」


 そ、そこまで大きくは考えていませんでしたよ。

 ゾラさんもソニンさんもそこまでの反応を示していなかったし。

 というか、これ以上の発展させようとしてるんですか?


「充分発展してるじゃないですか?」

「発展は望まなければできないわ。望まなければ頭打ちになる、それは都市として死んだも同然なのよ」


 言われてみればそうかもしれない。

 都市だけに限らず人間も成長を願わなければそこで止まってしまう。

 何事にも向上心が必要だよね。


「それで、そのサラさんのお店はどこにあるのかな」

「南地区にあります。小さな雑貨屋さんだから商品は少ないですけど、子供でも買える値段の商品が多いのでカズチが卸すにもいいかと思ったんです」

「今日はどれくらい売り上げたのかしら?」

「……奢りませんよ?」

「いや、いくら私でも子供に奢ってもらうつもりはないわよ」

「僕にはたかってるのに?」

「酷い!」


 だって間違ってないもん。

 リューネさんは国から依頼されてカマドに来てるんだからお金は持ってるだろうに。


「お給料は多いんでしょう?」

「そうでもないわよ。他の職員と比べたらちょっと多いかもしれないけど、それでもねー」


 頬杖をつきながら溜息を吐くリューネさん。

 役職手当みたいなのがあるのだろうが、それも雀の涙程度なのかもしれない。

 国からの手当がそれだけであれば、元の給料が多くなければ生活は厳しいのかもしれない。


「……でも、あげませんよ」

「もういいわよ! それよりも個人契約についてよ。私も今度サラさんのお店に行ってみたいの、誰か場所を教えてくれないかしら」

「あっ! だったら私が教えます!」

「あら、ルルちゃんいいの?」

「はい! 色んな人に知ってもらいたいし、カズチくんの商品も見てもらいたいから!」

「いや、それは別にいいんじゃないか?」

「えー、せっかくだから見てもらいたいよ」

「それもお願いしてみようかしら」


 楽しそうに語るルルにカズチが照れ隠しをしている。

 それを見抜いているリューネさんはニヤニヤしながら商品を見る気満々のようだ。


「僕は夜の鍛冶に向けて本部に戻るつもりです」

「俺も戻ろうかな。たまには錬成の本を読むのもいいかもしれないし」

「カズチも本を読もうと思ったんだね」

「ジンに負けられないからな」


 これも向上心の一つだね。

 英雄の器がなければカズチのライバルにはなり得なかったけど、スキルのおかげでカズチのやる気に火がついたなら嬉しい限りだ。

 僕も唯一無二の武具が作れるように頑張らなければ。


「……ん? リューネさん、お昼休憩って何時までなんですか?」

「え? あー、うん、まだまだあるわよー!」


 ……これはシリカさんに悪いことをしたかもしれない。


「絶対に嘘だ! サボるつもりですよね!」

「そ、そんなことないわよー。カマドの将来を思って新たな可能性の為に動こうとしてるんじゃないのー。これはサボりではないわ、未来への投資なのよ!」

「……ルル、今日は絶対に連れて行ったらダメだよ」

「……ルルちゃん、連れて行ってくれるよね」

「えっと、そのー、どうしよう、カズチくん」

「いや、俺に聞かれても」


 ここで負けてしまっては再びサボりの口実に使われてしまう。


「役所を出る時のシリカさんの表情、可哀想だったなぁ。あのままお昼休憩にも入れずにご飯も食べられなかったら、シリカさんもカマドを離れちゃうんじゃないかなぁ」

「そんなのダメだよ!」

「ルル、ここは心を鬼にしてリューネさんを引き離すべきだよ」

「ルルちゃん、今度私が王都に行く機会があったら、美味しいお菓子を買ってきてあげるわよー」

「あううぅぅ〜」


 くっ、ここで王都のお菓子を持ってくるとは、リューネさんも交渉ごとに慣れているのか? いやいや、たまたまのはずだ!


「ルル」

「ルルちゃん」


 我関せずのカズチはガーレッドと遊んでおり、ルルはひとりで頭を抱えながら考えている。

 そして――意を決したのか顔を上げて口を開いた。


「リューネさん!」


 ニヤリと笑うリューネさん。

 くっ、まさかここで負けてしまうのか!


「なーに、ルルちゃん」

「……お仕事頑張ってください!」


 よくやった、ルルー!


「…………やーだーよー!」

「いや、仕事ですからね? 国からの依頼ですからね?」


 この人は何故にこうもサボりたがるんだろうか。まあ、その気持ちは分からなくもないけど。


「だって、同じことの繰り返しでつまらないんだもーん!」

「……うん、どうしようもないね」


 つまらないでサボられたらシリカさんが可哀想すぎるよ!


 僕たちが嫌がるリューネさんを役所に引っ張って行くと、シリカさんが憤怒の表情でこれまた引っ張って行ってしまった。

 苦笑を浮かべながら、僕たちは本部へと戻って行った。

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