お礼も兼ねて

 雑貨屋を出たその足で向かった場所は役所だ。

 悪魔事件の後、リューネさんにお礼を言えていなかったのでこの機会に行きたいのだと提案したところ、二人とも了承してくれた。

 向かいながらガーレッドはいつも通り鞄の中から顔を出しているだけなのだが、霊獣は人気が高いので通りすがる人たちの視線が集まっているのがよく分かる。

 冒険者ギルドも近くにあるので変な目で見ている人には彼らが注意してくれた。


『――『神の槌』に手ぇ出すんじゃねぇぞ!』


 と強気に言ってくれている。

 がははと笑いながら合図をくれるので、僕も軽く手を上げて返していた。


「頼りになるね、ガーレッド」

「ピキャキャー」

「あはは! そうだね、だってー」

「ルルも分かるようになったのか?」

「何となくだけどねー」


 カズチも何となく分かるって前に言っていたし、最終的にはみんなと会話ができるようになるんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、気づけば役所に到着した。


 中は多くの人でごった返していたが、奥にある比較的空いた窓口でリューネさんを見つけたので軽く手を振ってみた。


「――あら、ジンくんじゃない!」


 リューネさんも気づいたようで目の前の対応を終わらせると後ろに声をかけた。


「ちょっと、シリカ! 窓口変わってくれる! お客さんが来たのよね!」

「――はーい!」


 後ろの方からシリカと呼ばれた職員が現れるとリューネさんと窓口を交代している。

 悪いことをしたかもと思っていると、リューネさんがこちらにやってきた。


「お待たせ! 今日はどうしたの?」

「この前助けてもらった時のお礼がまだだったので寄ったんですけど……忙しいなら後にしましょうか?」

「いいのよ、今じゃないと仕事から逃げられないからね」


 ウインクしながらサボる口実に使われたのだと察したジンだが、助けてもらった手前指摘するのもどうかと思い口をつぐみ、本題に入ることにした。


「その節はありがとうございました。フローラさんの治療にもあたってくれたって聞いて、助かりました」

「また大人っぽいこと言っちゃってまぁ。でも、それくらいどうってことないわよ、私が勝手について行っただけなんだしね。あれが出てきた時は焦ったけど、ジンくんとホームズくんのおかげで助かったわけだし、こっちこそ感謝しているわ」


 窓口から少し離れたソファに腰掛けてお礼を伝えると、その後のことを話し始めた。


「フローラさんはどれくらい良くなったんですか?」

「概ね生活には問題ないと思うわ。同じようなことはほとんどないと思うけど、似た状況になった時には記憶がぶり返すことがあるかも。冒険者を続けるって聞いたけど、本当なの?」

「本当ですよ。ユウキとパーティを組んで行動しているみたいです」

「ユウキ君とか。それなら安心かな」


 ユウキはここでも株を上げているみたいだね。


「そっちは大丈夫だったの? 気を失ったから心配したのよ?」

「単純にエジルの能力が切れただけなので大丈夫ですよ。まあ、五日も寝てたとは驚きですけど」

「死んだんじゃないかって思ったわよ」

「縁起でもないこと言わないでくださいよ!」


 僕だってあの時は死ぬかと思ったんだから。エジルも倒せるか五分五分って言ってたし。

 よく考えたらよく生き残れたよなぁ。悪魔がいることにも驚きだけど、この世界にもほとんどお目にかかれない相手と僕が出会うなんて、どんな確率だよ。

 これも英雄の器のせいじゃないよね。


「ジンは無茶をし過ぎるからな」

「本当に気をつけてよね。心配したんだから」

「ピッピキャン!」

「……ごめんなさい」

「あはは! ガーレッドにまで叱られたのかしら?」


 これは僕のせいではないのだ。

 僕は生産に従事したいのに、騒動があちらからやってくるのだから仕方ない。

 ……悪魔の時は自分から行っちゃったけど、これからは近づかないようにするんだ!


「……ねえねえ、リューネさん」

「どうしたのルルちゃん」

「窓口の人がものすごく睨んでるんだけど、大丈夫なの?」

「んー? あぁ、シリカのことは気にしなくていいわよ。私の後輩だし、仕事はできるから」

「もしかして、あの時もリューネさんに仕事を押し付けられた人ですか?」

「押し付けたって、心外な。私は彼女に仕事を譲っただけよー」


 それにしてもシリカさんはものすごく睨んでいる。

 あれは明らかに無理やり仕事を振られた人間の顔だ。

 これがいわゆるパワハラというやつだね。


「あっ! そろそろお昼休憩だし、どこか外で食事にしない?」

「リューネさん、仕事は? シリカさんが大変そうですよ?」

「あの子はやれば出来る子なの! だから大丈夫よ!」

「そうは見えないけどなぁ」


 リューネさんが逃げようとしていることに気づいたのか、シリカさんは目の前のお客さんを急いで対応している。

 終わらせてすぐに捕まえる気なんだろうな。


「さささ、行きましょう!」

「ピキャキャキャー」

「うーん、ガーレッドもお腹すいたみたいだし、仕方ないかな」


 シリカさんには犠牲になってもらおう。挨拶もしたことないけど、ごめんなさい。

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