売上金

 初めての卸でこれだけの売上があれば、さすがに驚くかな。

 清算を終わらせて袋に入った銅貨をカズチに手渡す。


「はい、これが今回の売上です。クランに返す分もあるからちゃんと持っておいてね」

「……」

「カズチ?」

「へっ? あ、あぁ、おぉ、分かった」

「本当に分かってる?」

「おう。これをクランに渡せばいいんだよな」


 いや、全然違うんだけど。


「ちゃんとカズチの売上分を抜いてから、クランに返すんだからね」

「……ジン、ちょっといいか?」


 ルルとサラおばちゃんを置いて僕とカズチが少し離れたところに移動する。ガーレッドは鞄の中だ。


「や、やり過ぎじゃないのか?」

「何が?」

「何がって、大銅貨なんて、貰ったこともないぞ」

「それならちょうどよかったじゃん。これからどんどん待つことになるから慣れていた方がいいよ」

「どんどんって……ありえないだろ」


 カズチは錬成の腕を上げるのは当然だけど、商売についても学ばなきゃダメじゃないかな。


「実際に今日、今ここで、初めての商品で大銅貨が動いたよね。雫型が人気になって値上がりしたらさらに大きなお金が動くことになるよ」

「さらに、大きな?」

「銀貨や、もしかしたら金貨が動くことになるかもよ?」


 ゴクリ、と喉を鳴らしたカズチは手に持つ袋の重みを実感する。交渉は僕がやったけど、自分の力で稼いだお金の重みだ。


「今度からはカズチが交渉するんだよ」

「えっ! ……あれを俺がやるのか?」

「僕が毎回できるわけじゃないし、交渉はこんなもんだよって教えるためだったしね。サラおばちゃんもそのつもりだったみたいだし」

「そ、そうなのか?」


 振り返ったカズチのことを、サラおばちゃんはニコニコ笑いながら見ていた。

 その横でルルは首を傾げている。


「お話は終わりましたか?」

「ジンくん、すごいね!」

「サラおばちゃんが僕の意図を汲んでくれたからね」

「そうなんですか?」

「うふふ、私の考えと同じだったからですよ」


 その通り。

 僕が最終的な着地点にしていた売値と、サラおばちゃんの予定していた買値が同じかそれに近かったから僕も乗っかっただけなのだ。


「それじゃあ、今の交渉について説明していこうか」

「お、おう」

「僕が提示した最初の売値だけど、カズチは高いと思ったんだよね?」

「そりゃそうだろ。中銅貨一枚だなんて、子供が待っていいお金じゃないしな」

「僕も高いと思ったよ」

「……はあ?」


 何を言っているんだと言いたげな表情だね。それも初めてであればよく分かるよ。


「交渉の時、まずは少し高めで相手に提示することが大事なんだ。高い金額が安くなったらどう思う?」

「得したって思う」

「その通り。得したって相手に思わせることが大事なんだ」

「だけど、そう上手くいくものなのか?」

「いかないよ、もちろん」

「いかないのかよ!」

「うふふ、交渉というのは何度も繰り返して決まるものなんですよ」


 サラおばちゃんが説明を引き継いでくれる。

 僕が言うよりも説得力があるので非常に助かるよ。


「まずはお互いに希望の金額を提示する。そこから交渉が始まるのです。ここは妥協するけれど、ここは妥協できない、そこで擦り合わせを行い、初めて契約に結びつくのです。その過程でお互いが納得できなければ交渉決裂なんてこともあるのですよ」

「……そ、そうなんですね」

「それとね、カズチ君。傷物だから全部捨てる、というのはもったいないわ。ジン君も言っていたけれど、傷物には傷物の売り方が存在するわ。私のお店なら取り扱えるのだから、安くで仕入れさせてくれたらとても助かるのよ。もちろん、あまりに酷い物はいけないけどね」

「……勉強になりました」


 頭を深く下げるカズチに、サラおばちゃんは変わらない笑顔を向けている。

 サラおばちゃんなら優しくも厳しく交渉について教えてくれそうだし、とても良い経験になるはずだ。

 僕が出しゃ張らなくてもきっと教えてくれただろうしね。


「あとは、この売上金の元値分をクランに戻すのはそうなんだけど、クランへ利益を納めるのも必要だと思うんだ」

「えっと……俺の売上分を、いくらかクランに納めるってことだよな」

「うん。元値を戻す以外で利益もあれば、ソニンさんたちも助かるだろうし、これだけの売上が出るなら今後も積極的に関わろうと思うかもしれないしね。まあ、あの人たちなら断りそうだけど、そこはゴリ押しで納めるくらいしないと」

「それって、どれくらいがいいとかあるのか?」


 カズチも乗り気になったみたいだ。

 ここでクランへ恩返しできれば、これから同じ道を進む人たちへの投資にも繋がるからね。

 カズチの評価も上がるし、今やれることはやらなきゃだ。


「うーん、売上の二割とか三割とかかな? 今回はクランにおんぶに抱っこだからそれより多くてもいいかも」

「これからどう動くかで決めてもいいのではないですか?」


 僕とカズチが話し合っているところに助言をくれたのはサラおばちゃんだ。


「素材をクランに頼るのであればより多く納めて、売上から自分たちで素材の仕入れまでやりたいなら二割から三割に留め、貯めたお金で仕入れを行うということもできますよ」


 考えようによってはやり方も色々あるということだ。

 独立する可能性も含めれば後者の方がいいのかもしれないけれど、カズチはクランを離れる意思を持っていない。

 安全にいくなら前者だが……すぐに決められることではないよね。


「少し考えた方がいいね」

「そうだな」

「なんか難しそうな話をしてるねー」

「ピキュキュー」

「あらあら、ルルちゃんとガーレッドちゃんは飽きてしまいましたね」


 慌ててルルとガーレッドに謝った僕たちは、サラおばちゃんにお礼を言って雑貨屋を後にした。

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