納品

 本部を出てから数分、僕たちはサラおばちゃんの雑貨屋に到着した。


「おやおや、いらっしゃい。それじゃあ早速見せてもらえるかしら?」

「は、はい!」


 気合を入れて商品を取り出すカズチ。この日の為にソニンさんから魔法袋マジックパックを借りてきており、その数は三七個。

 ケルン石の鮮やかな群青色はそのままに、一つ一つでサイズとグラデーション加減が異なっている。同規格で指定があれば問題だけど、今回は特に指定もなく違いがあるのも選ぶ楽しみになるのだと言ってくれたサラおばちゃんに甘えた格好だ。

 しかし、今後は売れるサイズや色合いがあればそちらに近づけて作らなければならなくなるので、カズチも改めて気を引きしめなければならない。


「……ほぅ……なるほど……うんうん……」


 一つ一つを丁寧に品定めしていくサラおばちゃんは三七個のケルン石の内、二六個を右に、十一個を左に分けた。

 そこからさらに右のケルンを十六個と十個に分けてしまう。

 品定めが始まってから十分程が経ち、ようやくサラおばちゃんが顔を上げた。


「……とても素晴らしいケルン石でしたわ」

「あ、ありがとう、ございます」

「そうねぇ……右に避けたこちらの十六個、これは本当に素晴らしいわ。そしてこちらの十個、小ぶりだけれどこちらも素晴らしい」

「……はい」

「だけれど、左に避けたこちらはちょっと……傷が付いているわね」

「えっ!」


 カズチの口から驚きの声が漏れる。

 おそらく納品の前にカズチ自身でも確認を行ったのだろう。その上で傷が付いているとなれば、職人として失格の烙印を押されたに等しい。


「……お、俺も、もう一度確認していいですか?」

「もちろんよ。そうねぇ……これが分かりやすいかしら」


 そういって渡された一つのケルン石。

 カズチはあらゆる角度から何度も何度も確認をしている。光を当てれば傷の箇所で反射することもあるので光に透かして見てもいる。


「……ダメだ、分かんねぇ」

「ねえ、僕にも見せてもらっていいかな?」

「えっ、あ、おう」


 カズチに声を掛けてケルン石を受け取った僕は、同じようにあらゆる角度から眺め、光に透かして見てみるが、カズチと同様に傷を見つけることができない。

 ならばと無属性魔法で視力を強化できないかと考えて試してみた。

 すると――。


「……表面じゃなくて、内部?」

「えっ?」

「うふふ、その通りよ」


 慣れないことをしたせいか頭が痛くなったのでこめかみに手を当てて頭を振る。

 カズチが目を丸くしているので、ケルン石を返して光に透かして表面ではなく内部を集中して見るように伝えた。


「……あっ! 本当だ!」

「錬成の時に、少しだけ疲れが出たのかもしれないわね」

「疲れですか?」

「何をするにも疲れていては上手くいかないわ。おそらく、これらの錬成を行った時は疲れが出ていたんじゃないかしら。疲れから集中力が欠けてしまい、それが錬成過程において目に見えにくい内部で傷になってしまったのではないかしら」


 他のケルン石にも目を凝らしていくカズチは、だんだんと顔色が悪くなっていく。


「……こんなんじゃ、卸せませんね」

「……カズチ」


 商売をする、契約をする、商品を作る、それら全てに責任が伴ってくる。

 カズチはそのことを今まさに実感しているのだ。


「うふふ、そんなことはないわよ」

「えっ?」

「私はここにあるケルン石を全て購入するつもりです」

「で、でも……」

「サイズも大きくて質が良い十六個、小ぶりだけれど質が良い十個、そして傷ありの十一個。それぞれで価格を変えて売ってくれないかしら?」

「……あー、なるほど!」

「なんだ、どういうことだ?」


 ニコニコしているサラおばちゃんは、カズチに商売の勉強を実地で行なっているのか。


「カズチ、サラおばちゃんは交渉してるんだよ」

「交渉も何も、傷物は売れないだろう」

「だけどサラおばちゃんは欲しいと言ってるんだ。カズチは傷物のケルン石をどうするつもりなの?」

「どうするも何も……売り物にならないなら、捨てるしかないだろ」

「でもそれって、損にしかならないよね」

「まあ、仕方ないし」


 ……マジか。


「カズチ、それはこのケルン石がゴミだって言いたいの?」

「そんなことは言ってないだろ」

「でも捨てるってことはそういうことだよね?」

「いや、だけど売り物には――」

「売り方にも色々あるってことじゃないかな」

「えっ?」


 これだけ綺麗なケルン石だ。それも凝視しないと分からない傷なんだから、全然売れるんだよね――このお店なら。


「ここが貴族なんかが通う宝飾品店とかなら別だけど、ここはルルや僕らみたいな若い人がお手頃価格で買えて、オシャレする為のお店なんだよ。近くでじっくりと見なければ分からない傷なんて、子供達が気にすると思う?」

「……しないと、思う」

「その通り! だったら商品として成り立つじゃないか」

「だけど、傷物だぞ?」

「だからこその交渉なんじゃないか」


 ニコニコしながら僕らのやり取りを見守っているサラおばちゃん。

 カズチにはまだ荷が重いかもしれないな。


「……分かった。サラおばちゃん、僕が代わりに交渉相手になるよ」

「あら、それでいいのかい?」

「お手本じゃないけど、僕の交渉を見ていてね」

「お、おぉ」


 さーて、なるべく多くの利益を勝ち取ってみせますか!

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