閑話:ザリウス・ホームズ

 いやはや、とても久しぶりに暴れさせていただきました。

 もう少し暴れたかったと言うのが本音ですが、そこはこの際気にしない方がいいでしょう。

 しかし体を動かすのが久しぶりだとこれ程までに動き辛いとは思いませんでした。昔のように動けると思ってはいけませんね。


 さて、今日は私の仕事である事務業務を手助けしてくれる補充の事務員さんが来てくれます!

 コープスさんはまだ安静が必要とのことで病院で休んでいますが、この補充はコープスさんの助言によって成ったことなので感謝の念しかありません。


「失礼しま〜す」

「失礼します」

「どうぞ、中に入ってください」


 入ってきたのは眼鏡を掛けたカミラさんと、ハーフエルフのノーアさんです。

 お二人とも事務経験がある優秀な方なので即戦力として期待しています。元々は事務経験がない人を育てる予定だったのでとても助かりますね。


「ザリウス・ホームズと言います。これからよろしくお願いします」

「カミラ・カローラです、よろしくお願いしま〜す」

「ノーア・キュリオスです」


 自己紹介を終えると、私は早速簡単な仕事から教えていきます。

 本当は建物内の案内もしたかったのですが、仕事が溜まっているのです……山のように。

 しかし、お二人は本当に優秀でした。

 教えたことはミスなく作業してくれますし、与えられた仕事が終われば声を掛けてくれて新しい仕事を覚えようとしてくれます。

 カミラさんは特に確実に仕事をしてくれます。その分時間が掛かることもありますけれど、私でも気づかなかったことに気づいてくれるのでとても助かっています。

 ノーアさんは作業スピードがとても早いです。だからといってミスがあるわけでもないので大量にあった資料の山があっという間になくなっていきました。

 ……人が増えるだけでこれ程までに効率が上がるとは思いもしませんでした。もっと早く、気づくべきでしたね。

 そんなことを考えながら私自身も仕事をこなし、時折弟子になったユウキの稽古をする為にカマドの外に行くこともありました。

 やはり体を動かすのは良いことですね。そのおかげで仕事の時も集中力が増すようになった気がします。


 そして数日後、コープスさんが戻ってきたのでケルベロス事件の真相を聞くことになりました。

 コープスさん曰く、エジルという意識が存在しており、その者の助言を借りながらユウキを助け出し、ケルベロスと渡り合ったそうです。

 正直、冒険者ではないコープスさんが上級魔獣と渡り合ったと聞いた時は信じられませんでしたが、ユウキと一緒に生き残ったのを見ればそれが嘘ではないという証明になります。

 彼は、本当に何者なのでしょうか。


 数日後、真っ青な顔をしたダリアさんが『神の槌』本部に飛び込んできました。何事でしょう。


「ザリウス!」

「ダリアさん、どうしたのですか?」

「ユウキくんが……ユウキくんが!」


 これは、ただ事ではなさそうですね。

 話を聞けばユウキが王都へ向かう護衛任務をパーティで受けたようで、その途中トラブルに巻き込まれたようです。

 パーティは五人、その内三人が戻ってきてユウキを含む二人が取り残されているみたいですね。

 ……この時期に何故王都への護衛依頼なんか?

 ダリアさんもギルド職員のミスだと認めていますし、今は責めている場合ではなさそうです。


「ザリウス、個人的なお願いになってしまうけれど、どうかユウキくんの救出に行ってくれないかな?」

「他の冒険者たちはどうしたんですか?」

「今回の非常事態で駆り出されてしまって、下級冒険者の救助には回せないと言われてしまったの」


 それ程までに切羽詰まっているのですか。


「分かりました、私でよければ受けましょう。ですがゾラ様の了承をいただく必要があります」


 そう言いながらも私は着々と準備を進めていきます。

 愛刀キャリバー、軽鎧、各種ポーションを机に置いていきます。

 ……カミラさんもノーアさんも、そんな変なものを見るような視線はやめてほしいですね。

 簡単な準備を終えてすぐにゾラ様の私室へ向かいます。


「ザリウスにダリア? どうしたのじゃ?」

「ゾラ様、お願いがあります」


 私はダリアから聞いた内容をそのままゾラ様に伝えます。

 ゾラ様が否定するならば私が動くことは出来ません。まあ、答えは分かっていますけど。


「それならばザリウス、行ってやれ。ユウキは賢い子じゃから、何かしら理由があってその任務も受けていたはずじゃからな」

「ありがとうございます」

「……あ、あの!」

「んっ? どうした、ダリア?」

「……ジンくんも、連れて行けませんか?」


 あー、ゾラ様が眉根を寄せていらっしゃいます。


「……何故小僧を連れて行く? ザリウス一人で充分じゃろう」

「ですが、ケルベロス事件をユウキくんと一緒に生き残ったジンくんには、何かあるんじゃないですか?」

「だったとしてもじゃ。小僧は冒険者ではないし、そもそもまだ子供じゃ」

「……ここで私がゴブニュさんに嫌われても構いません。ですから、どうか一度だけでもジンくんにお願いできませんか? ダメならそれで構いませんから!」


 ダリアさんがここまで言うとは思ってもいませんでした。

 それ程までにユウキを可愛がっているようですね。


「ゾラ様、もしコープスさんが行くと言った場合は私が必ず守ります。ですから、ダリアさんに一度チャンスを与えていただけませんか?」

「ザリウスまで……分かった。はぁ、小僧のことじゃ、絶対に行くと言うに決まっておるがな」


 ゾラ様の予言は、正しく的中いたしました。

 私もコープスさんが持つ英雄の器の能力をこの目で見たいと思っていたので内心では楽しみです。もちろん、何もないのが一番なのですが。


 事務室ではちょっとしたいざこざがあったものの、突然現れたリューネさんの機転のおかげで出発することが出来ましたが、ユウキと一緒にいたフローラさんと合流した直後――謎の結界によって私は孤立させられてしまいました。

 結界越しに見えた魔獣、あれはおそらく悪魔と呼ばれる最悪の存在かもしれません。

 何とか結界を破壊しようと試みましたが、そこに大量の魔獣が姿を現しました。

 悪魔には魔獣を操る能力があると聞きます。嘘かまことかは分かりませんが、この様子では本当のようですね。

 ですが――私にはこれくらいものの数にも入りません。

 有象無象の魔獣であれば一〇〇や二〇〇くらい討伐するのは造作もないのですから。

 迫り来る魔獣を片手間に片付けながらどうやって中に入ろうか考えていると、中から強烈な一撃が結界に与えられたのかゆらりと揺れる場面がありました。

 それは一度ではなく二度三度と起こります。

 ……中でも戦闘が起こっている。そしておそらくコープスさんでしょう。

 今の私に出来ること、それはこの場にいる魔獣を掃討して結界がなくなった時、すぐに加勢出来るようにしておくべきでしょう。


 今か今かと結界がなくなるのを待っていると、ついにその時がやってきました。

 もの凄い砂煙が舞い上がる中、煙の隙間から悪魔を視界に収めると無属性魔法で一気に加速、不意打ちの一撃で右腕を両断します。

 悪魔は意外にも相当の手傷を負っているようでしたが、傷が蠢いているのを見ると自己修復の能力を有していそうですね。

 一気に片をつけようと攻勢に出ると、コープスさんが銀狼刀ぎんろうとうを片手に参戦してきました。

 話を聞くと、どうやら今はエジルの意識が出てきているようです。

 連携して悪魔を一気に仕留める、この作戦が功を奏しました。

 斬りつけ、いなし、時には炎を斬り裂いて突き進む。

 最後の炎には少し焦りましたけど、エジルの機転で不意をつくことにも成功。

 最終的には討伐することが出来ました。


 その後すぐにエジルが倒れてしまいましたが、息はあるので問題なさそうです。

 ここまで来てコープスさんが死んでしまったら、私は生きていけません。本当に心の底から安堵しました。

 私がコープスさんを、リューネさんがユウキを背負い、フローラさんには悪いですが自らの足で歩いてもらい、私たちは全員でカマドへと帰還したのです。

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