破壊者

 ホームズさんの姿にエジルが唖然としている様子が手に取るように分かった。

 ……そっか、ケルベロス事件の時にホームズさんが来た時は制限時間を過ぎてたんだっけ。

 うんうん、分かるよ、驚くよねー。基本は穏やかな人なのに、今みたいな荒くれ者になっちゃうんだもんね。

 それでも頼りになることには変わらないから気にしちゃ負けだ。今も劣勢になった悪魔目掛けて魔法と剣技を駆使して攻めの一手である。

 しかし悪魔も負けてはいないようだ。両腕を失った時点で逃げの一手であり、その間にもエジルに斬られた右腕の修復を始めていた。今はほぼ元通りになっている。


「あの人、俺が思っていた以上に強いな」

(――破壊者デストロイヤーって呼ばれていたみたいだよ)

「うおっ! 異名持ちかよ!」

(――異名? 通り名じゃなくて?)

「あー、今は通り名っていうのか。俺の時代は異名って言って上級の更に実力者に付けられていたんだ」


 ゲームでもそういうのあったな。『剣聖』とか『賢者』とか、そんなもんか。


(――エジルにも異名はあったの?)

「俺の場合はそのままだな」

(――そのまま?)

「英雄」

(――あー、うん、そのままだね)

「人が付ける異名なんてそんなもんだな。それよりも、悪魔を確実に倒す為に俺も加勢するか」


 ホームズさんと悪魔の戦いは明らかにホームズ優勢で進んでいる。

 しかし時間が掛かれば悪魔の自己修復に苦戦するのは必死であり、こちらは疲労と魔力枯渇とも戦わなければいけなくなる。

 早い決着は望むところだった。

 銀狼刀ぎんろうとうを右手に構えて駆け出したエジルは、ケルベロスの最後の首を一瞬にして両断。その足で悪魔の背後から斬りかかる。


『ギヒャアッ!』

「コープスさん、危ないですよ!」

「今はジンじゃないから安心しろ」

「コープスさんじゃ、ない?」

(――ホームズさんも知ってるよ!)

「俺は今エジルだ。聞いているだろう、破壊者?」

「……なるほど。分かりました、一気に片付けますよ!」

「話が早くて助かる!」

(――おー、実力者にしか分からない感覚ですか)

「何それ、よく分からんけど褒め言葉と思っておくよ」


 エジルとホームズさんは初見である。加勢するとはいえ連携らしい連携が取れるのか疑問が残るところだ。

 ――が、その考えは杞憂だった。

 お互いの初撃を目にした途端に二人の動きが活性化する。

 エジルが悪魔と斬り結べば、背後からホームズさんが迫り斬りつける。

 ホームズさんが無属性魔法で悪魔を撹乱したと思えば、動きの間断からエジルが水弾を直撃させる。

 エジルの視線に一瞬だけどリューネさんが写り込んだ。その腕にはユウキを抱いており、その隣にフローラが立っていた。

 全員が生きている、何よりそのことが一番なのだ。

 後はエジルとホームズさんが悪魔を倒してくれれば万事解決である。


『ギィ……ギイヤアアァァァァッ!』

「遅いぞコラァ!」


 悪魔が放とうとした紫色の炎。それをあろうことか斬り裂いたと思えば一瞬で懐に侵入して斬りあげる。

 後方に下がりながら回避しようとした悪魔だが、右脇腹を深く斬られドロリとした血液が零れ落ちていく。


「次はこっちだよー」

『ギウリヒヤァッ!』


 後方からすれ違いざまに左脇腹へ横薙ぎを放つエジル。こちらは熱傷が追加されている為か右手で傷口を押さえながら大きく飛び退る。

 そうはさせまいとホームズさんが先行して追い掛けると袈裟斬り、右腕を半ばから斬り落としバランスを崩したのを見届けて左に飛び退く。

 すぐ後ろに控えていたエジルが上段斬りを渾身の力で放てば、半ばから残っていた右腕を肩口から両断した。

 左腕の修復も追いついていない状況で追い詰められた悪魔は、今までに見たことがない威力の炎が顕現すると周囲を消し炭にする勢いで広がり始めた。


「てめぇ、何してやがる!」

「この炎はマズいなぁ」

(――えっ、何、どうしたの?)


 二人が慌てたような声を出している。あれだけ攻勢だったのに、どうしたんだろう。


「あれは悪魔が使う中で一番警戒すべき炎なんだ。一度火がつけば焼き尽くすまで消えることがない」

(――それ、マジでヤバイじゃん!)

「大丈夫、手はあるよ」


 自信満々に言い切ったエジルはホームズさんに視線を向ける。


「破壊者! 俺の後ろについてくれ!」

「何をする気ですか?」

「ジンには炎が効かないからな。炎に突っ込んで仕留める」

「炎が効かない? ……なるほど、そうでしたね。しかし本当にコープスさんの体で大丈夫なのですか?」

「俺の感覚では問題ないよ。時間もないし、いけるかな?」

「ふっ、任せなさい」


 返答と同時に駆け出したエジル。あまりの即断に驚いたけれど、ホームズさんは何でもないようについて来ている。

 紫色の炎に突っ込んだエジルの周囲に風のヴェールが現れて炎からその身を守ってくれる。

 その恩恵としてエジルが通った場所の炎は消火されており後ろから走るホームズさんに燃え移ることはなかった。

 炎に守られて自己修復をする予定だったのだろう。エジルたちが姿を見せた時の表情はあまりにも人間に似ていた。それほどに唖然としていたのだ。


「これで――」

「終わりだコラァ!」


 エジルとホームズさんの剣閃が悪魔へほぼ同時に振り下ろされる。

 本当に一瞬の出来事だった。気づけば悪魔の三枚おろしが地面に転がっていた。

 悪魔が絶命したのと同時に炎が消失、森の中には久しぶりの静寂が訪れた。


「あー、終わったよ」

(――エジル、本当にありがとう)

「いやいや、怪我させちゃったし、お礼はいいよ」

「エジルさん、助かりました」

「俺の方も助かったよ。それと一つお願いがあるんだ」

「何でしょうか?」


 頭を掻きながら申し訳なさそうに口を開いた。


「もう限界、この後倒れるから、よろしくー」

「えっ! いや、大丈夫ですか!」

(――ちょっと、エジル! もう少し頑張って!)

「頑張るとか無理ー、後はよろしくねー」

(――エジル、エジル! エジ――)


 視界が真っ暗。あー、気を失ったんだねー。

 そうして僕の悪魔との遭遇事件は終わったのだった。

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