ラストエッジ

 エジルと悪魔の攻防は一進一退――ではない。

 回避重視のエジルが一回攻撃をする中で、悪魔は三回から四回くらいの攻撃を繰り出してくる。

 牽制に魔法を放つものの、片腕で弾き返されてしまう。

 ケルベロスも間断を縫って爪や噛みつきを狙ってくるので意識が視線も忙しなく動いている。

 ……正直、目が回りそうだ。


「黙ってるけど、どうした、のっ!」

(――展開が早すぎて、目が回った)

「ジンも、大概大物だよねっと!」

(――戦いながら会話してるエジルには言われたくない)


 案外余裕なのかと思ったが、すぐにそうではないと考えなおす。

 ここに至り始めて呼吸が荒れ始めた。

 回避行動も出来るだけ最小限の動きにとどめており、ギリギリを狙い過ぎて時折擦り傷が増えている。

 結界破壊のタイミングを見誤れば、好転の機会は訪れないだろう。


「……そろそろ、かな!」


 呟きが漏れた直後――視界が大きくぶれた。

 ぶん殴られたのかと思ったがそうではない。エジルが一気に加速したことで周りの光景が一気に変わったのだ。

 立ち止まることを考えていない突進は、悪魔とすれ違いざまに銀狼刀ぎんろうとうを一閃。

 一瞬の抵抗を感じた後に両断――悪魔の右腕が宙に舞う。

 一定の距離を取ってから振り返ると、即座に水弾を生成して悪魔目掛けて撃ち出した。

 左腕一本で迎撃しているが数発が後方へと逸れていく。

 ただ、これは結界破壊のための攻撃ではない。連射する場所、つまり結界が一番薄い場所を探しているのだ。

 後方に飛んで行った水弾はあらゆるところに着弾して結界を揺さぶる。

 ……そのうちの一発でケルベロスの蛇部分を何気にぶっ飛ばしてるから恐ろしい。


「……見つけた、あそこだ!」


 叫んだのと同時に土属性で悪魔の周囲に土を集めると、ドーム型に形成して固めてしまう。

 時間稼ぎにもならないが、悪魔の視界を遮った一瞬のタイミングで水弾を連射する。

 寸分の狂いなく初弾が命中した箇所に数十の水弾が殺到した。


「結界が、大きく揺ら――どわあっ!」


 エジルの叫びとともにドーム型の土壁が爆発、それと同時に悪魔が超加速を持って間合いに侵入してきた。


「ちいっ!」

(――エジル!)


 目の前に迫る悪魔の左ストレート。直撃すれば顔が吹き飛び僕だと分からなくなるだろう。

 それでもエジルは水弾を撃ち続ける。防御する素振りは一切ない。

 死を覚悟したその時、目の前に眩しい程に輝く分厚い光の壁が現れた。


『ギィシヤァッ!』

(――リュ、リューネさん!)

「お姉さん、ナイス!」


 届くはずの距離で拳が届かない。そのことに激昂した悪魔は光の壁目掛けて何度も拳を振り下ろしてくる。

 しかしリューネさんが展開した結界は壊れることなく、揺らぎすら起こさずにエジルを守っていた。


「ぶっ放せえ! ユウキイイィィッ!」

「分かりましたああぁぁっ!」


 エジルの合図を受けてユウキが魔法剣マジックソード、ラストエッジに魔力を注ぎ込む。


「――えっ?」


 そこに聞こえてきたユウキの力の抜けそうな声。

 ラストエッジが魔力を吸収するにつれてバチバチも音を立てながら白い光を放ち始める。

 最初の魔力が呼び水になったのか、ユウキの体から視認できる程の魔力がラストエッジに流れ込んでいく。


「と、止まらない!」

「それ、魔力を注いだ人の全魔力を吸い終わるまでは止まらないよー」

「え、ええぇぇぇぇっ!」

(――だから魔力枯渇になるのか)

「そゆことー」


 段々とユウキの顔色が悪くなってきた気がする。

 ……あれ、そろそろヤバくないか?


「……そ、そういうことは、先に言ってよねええぇぇぇぇっ!」


 やけくそ気味にラストエッジを振り抜いたユウキ。

 エジルの言った通り、三日月型の白い刃が現れるとそれが水弾の影響で結界が激しく揺らいでいるところへ飛んで行く。


『ギギャアアアアッ!』

「やらせないよ」


 悪魔も危険を察知したのかそちらへ駆け出そうとしたのだが、エジルがそれを許さない。

 回避重視から攻勢に出て目にも留まらぬ剣速で悪魔へと襲い掛かる。

 斬り飛ばされた右腕は再生が間に合っていない。左腕一本で迎撃するが、それが精一杯でラストエッジまでは届かない。

 視線が悪魔を向いているので分からなかったけど、数秒後には後方から耳をつんざくような大爆発が聞こえてきた。


(――どわわわわっ!)

「凄い爆発だねー」

(――結界は、どうなったんだ!)


 エジルの視界に映る結界を凝視し、かすかな物音も聞き漏らさないよう耳を澄ませる。

 ラストエッジが爆発した後方から、微かながらバキバキと何かがひび割れる音が聞こえてくる。その音が後方から横、そして正面へと広がると結界に確かなヒビが入っていることが確認できた。

 そして――。


 ――パキイイィィィィンッ!


 甲高い音と共に暗色の結界が破壊、輝く粒子を撒き散らしていく。


「さあ、ここからが賭けだぞ」

(――頼みます、ホームズさん!)


 砂煙が舞うその奥、魔獣が現れるか、ホームズさんが現れるか、この賭けに負ければ全てが水の泡と消えてしまう。

 エジルもユウキもリューネさんも、悪魔でさえも攻撃の手を止めて煙の向こうに視線を向ける。


 そして――一陣の風が吹き抜けた。


 煌めく剣閃、悪魔ですら反応出来なかったその一撃は悪魔の左腕を斬り飛ばし、返す剣閃が背中を深く斬りつけた。


「……死に去らせコラあっ!」


 ホームズさん、やっぱりキャラが変わってるよ!

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