共同戦線

 振り返ったエジルの視線で見えたのは、ユウキとリューネさんだった。


「君たち、どうしたんだい?」

「僕たちも戦います!」

「悪魔相手は出来ないけど、こいつらの相手なら出来るからね」

「それは助かるけど、彼女はいいのかい?」


 ここにいない一人、フローラのことを気にしての発言だ。


「結界内に魔獣はいないみたいだしね、隠れてもらっているわ。念の為、私の結界魔法でも守っているから大丈夫よ」

「フローラも冒険者です。自分の身は自分で守れます」

「そうかい、なら手を借りようかな。ユウキは馬の魔獣を頼む。お姉さんは鳥ね。俺が犬と悪魔を相手するよ」

「……ケルベロス」


 僕と同じで嫌な記憶として残っているケルベロスを見て苦い表情をユウキが浮かべる。


「大丈夫だよ。ジンのスキルを俺が使うんだからね。君たちは自分の役目を全うすること、いいね?」

「はい!」

「とーぜん、任せなさい!」


 気合いの掛け声とともに散開、ユウキが右、リューネさんが左に駆け出す。

 エジルは正面に立つケルベロス目掛けて水属性魔法を撃ち出した。

 リューネさんがやったのと同じ水弾を撃ち出す魔法なのだが、その威力は桁違いだ。

 速度は倍以上、それに比例して威力とともに貫通力も上昇、ケルベロスの肉体が弾け飛ぶ――と思ったけど、そう簡単にはいかないみたい。


「むっ、邪魔が入ったか」

『キャハハハハッ!』


 視認することも難しい水弾を右腕一本で弾き飛ばす。それもほぼ同時に着弾するはずだった六発を。


「仕方ない、風属性も混ぜるか」


 同様の水弾を作ると、次は風属性に乗せてより速い弾速で撃ち出す。

 悪魔も同様に迎撃――と思いきや、着弾直後に左腕も交えた迎撃に変更、それでも一発は悪魔の迎撃を抜けて後方のケルベロスへ迫る。

 しかし一発であればケルベロスでも回避は可能みたい。左に大きく飛び退くと水弾は回避されて結界に着弾、爆発が起きて結界が大きく揺らぐ。

 悪魔の両腕にも亀裂が走り効果は抜群のようだ。


『……キヒャアァ?』


 そう思った直後には亀裂が塞がり何もなかったかのように傷口が塞がった。

 よく見れば胸の傷もいつの間にか塞がっている。

 自己治癒能力まで備えているのかよ。

 そこに襲い掛かってきたのは何度も浴びてきたケルベロスのブレスだ。

 三つ首と蛇から吐き出される四本のブレスすべてがエジルへ迫る。


(――危ない!)

「いーや、大丈夫だ」


 その場から動く気配がないエジルに慌てて声を掛けたが、エジルは笑顔のまま動かない。

 とうとうブレスが着弾した、と思った時である。エジルの周囲を風のヴェールが覆っていた。


(――……あっ、銀狼刀ぎんろうとうか)

「ちゃんと自分の装備品の効果を覚えとけよー」

(――いや、僕は冒険者じゃないし)

「こんな凄いスキルを持っておいて冒険しないとか、あり得んだろ――うわっ!」


 炎に遮られていた視界の外から、突然悪魔の右腕が襲い掛かってきた。

 顔面めがけて振り抜かれた右腕と顔の間に銀狼刀を滑り込ませる。

 ただでさえ膂力で劣っている中で、加速から全体重を乗せた一撃と、立位から咄嗟に振り抜いた一撃では勝敗は明白だ。


「ぐがあっ!」

(――エジル!)


 小さな体が吹き飛ばされると地面を数度跳ねながら大木に激突してようやく止まった。

 ちょっと、僕の体大丈夫なの? こんなんに耐えられる作りしてないんですけど!


(――ちょっ、マジで大丈夫か?エジル)

「……あー、一応大丈夫。かすり傷と、左腕にヒビが入ったくらいかな」

(――それ、大丈夫じゃないよね!)


 何とか立ち上がったみたいだけど、僕の体ボロボロじゃないですか!


「いやいや、これくらいで済んだのはついてるよ。両腕が粉々になっていてもおかしくなかったからね」


 もの凄く恐ろしいことを言ってくれるねえ!


「まあでも、置き土産は置いていったけどね」

(――へっ?)


 何の話をしているんだろうと思っていると視線を向けた先、ケルベロスの二つの頭部が粉砕していた。


(――えっ、えっ? いつの間に?)

「吹っ飛ばされながら水弾をぶっ放した。一発外れたけど、まあ良かったかな」


 あの一瞬の攻防の中でそんなことをしてたのか。でも視界に入らなかったってことは、エジルはケルベロスを見ることなく水弾を命中させたことになる。


「どうどう、凄いでしょ?」

(――そこでそんなことを言うから尊敬出来ないんだよね)

「えー、酷いなぁ」

(――それよりも、左腕を負傷して悪魔を倒せるの?)


 一番重要なことは悪魔を倒すことである。

 ケルベロスの首を二つ吹き飛ばしたものの、いまだ悪魔は健在だ。それも自己修復したおかげで無傷。

 ユウキとリューネさんはそれぞれが受け持った魔獣と交戦中で、フローラさんは戦力外。唯一対抗出来るだろうホームズさんは結界の外で大量の魔獣を相手取っており、結界内に入る手段もない。

 正直、追い詰められているような気がする。


「そんな心配そうな声を出さないでよ。何とかするからさ」

(――でも、どうやって?)

「……それは今から考える」

(――何にも考えてないのかよ!)


 あぁ、もの凄く不安だけどエジルに全てを委ねたんだよね。見ていることしか出来ない僕には信じることしか出来ないんだ。

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