エジル再び

 突然ひとりでに話し始めた僕に三人とも驚いていたが今はそんなことに突っ込んでいる暇はない。


(――あれ? その待ってました感は何なの?もしかして俺って救世主?)

「そう言うことにしておくからさ、あいつって強いの?」

(――なんか扱い酷くないかい? まあいいさ。どれどれ……あー、かー)

「えっ? 出来損ないなの?」


 意外な答えに聞き返してしまった。

 リューネさんはあれが悪魔だと言いきっていた。しかしエジルは悪魔の出来損ないだと言う。


(――本物の悪魔はもっと強いし凶悪だよ。慈悲なんてない、今みたいに人を弄ぶような遊びもしない。自らの敵だと判断したのか相手には容赦しないからね。一部例外はあるけど、あれはその例外には当たらないよ)

「なんだか、悪魔と何回もあったような言い方だね」

(――会ったことあるし、一緒に冒険者をしてたこともあるからね)

「……あ、そう」


 この部分は口に出してはいけない気がする。

 他の人間の耳もあるし、フローラさんが耳にしたら発狂するかもしれない。

 だって、一人で喋っているように見える僕のことを奇異の目で見てるからね。


「だったら、倒し方も分かるよね?」

(――倒し方って言うよりは力押ししかないな。出来損ないとはいえ悪魔は悪魔だ。普通の人間じゃ敵う相手じゃない。ホームズって言ったっけ? あの人ならやり合えると思うけど、結界の外だからなぁ)


 もしかしたら悪魔もそれが分かっていたからホームズさんを孤立させたのかもしれない。

 しかし、普通の人間じゃない人は他にもいる。


「僕はある意味普通じゃないよ?」

(――その通り! と言うわけで、体貸してくれないかな?)


 あー、やっぱりそこに行き着くわけね。


「ケルベロスの時みたいに助言してよ。僕がその通りに動くからさ」

(――ダメだ)


 あれ? どうしたんだろう。

 エジルの口調がどこかおどけた感じから一変して、低く真面目な口調に変わっている。


(――さっきも言ったけど、出来損ないでも悪魔は悪魔だ。いちいち指示を出していたらジンの対応が追いつかなくなる)

「……それほどの相手なの?」

(――そう言うこと。だから今回はマジで体を貸して欲しい。じゃないと全員が死ぬぞ)


 ごくりと唾を飲み込む。

 エジルの口からハッキリと告げられた死ぬと言う言葉に汗が溢れた。

 リューネさんの魔法だって強力だ。それくらい素人の僕でも分かる。だけど、その攻撃をいとも容易く凌いでいる悪魔の実力は計り知れない。

 エジルに体を貸すのが最善策なのだろう。


「……分かったよ。勝てる可能性は?」

(――正直に言っていいの?)

「じゃないと貸さないよ」

(――……五分五分かな)

「五分五分かよ!」


 突然大声を出した僕にフローラさんだけでなくユウキもびくっと驚いていた。

 驚かせたことは申し訳ないけど、今はそんなことを言っている場合ではない。


(――だって、ジンの体を使うんだよ? 僕の動きを完全に真似するには筋力から何から全てが足りないんだよ)

「それは、そうだけど……」

(――ジンの体で出せる最大限の力を使って五分五分、それをしなければわずかな可能性もないだろうね)


 悩んでいる間にも悪魔はゆっくりと近づいてきている。

 リューネさんの魔法も勢いを失い始めている、魔力が限界に近いのだ。

 ユウキは無属性しかないから戦わせるわけにはいかない、悪魔に接近戦なんてもってのほかだ。


「……五分五分、上等じゃないか。なんとかしろよな、エジル!」

(――失敗したら体を借りれなくなるから頑張るけど、ダメでも恨まないでね)

「先祖代々恨んでやる」

(――声が低い、マジで怖いから! 頑張りますよ!)


 エジルがそう言うと、僕の中で何と表現したらいいか分からない感覚が現れた。

 思考が薄くなり、手足の感覚が無くなっていく。

 視界がぼやけ、強い吐き気が襲ってくる。


(――抵抗するなよ、するともっときつくなるからね)

「……そ、そういうのは、先に、言えよ!」

「ジン、大丈夫?」


 心配顔で僕の顔を覗き込むユウキ。

 僕は無理やり笑顔を作って呟いた。


「……英雄の器、エジル、憑依する」

「なっ! …………分かった。もし僕に出来ることがあれば言ってね」

「……言っとく」


 というか聞いてるはずだ。

 ユウキには安全な場所にいてもらいたいけど、最悪の場合には動いてもらうこともあるかもしれない。


(――彼、良い子だねー)

「……当たり前、だろ!」


 何でこいつはこんな飄々と話しかけてくるんだよ!

 こっちはめっちゃきついってのに!

 あぁもう! さっさと憑依しろよ!


(――おっ! なんかいけそうだ!)

「後は、頼むぞ!」

(――任せてよ、絶対に勝ってみせるから!)


 そうして、僕の意識とエジルの意識は入れ替わった。

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