困惑の正体

 リューネさんの結界魔法は明るく暖かい光を持つ結界だ。

 だけど、突如現れた光の壁は暗色をしており薄ら寒さを覚えてしまう。

 あまりに突然の出来事に僕たちは呆然とするしかなかった。


「……な、何が起こったの?」


 何とか声を落としたリューネさんだったが、何が起こっているのか把握出来ていない。

 頼みの綱であるホームズさんの到着を待つしかないと視線を向けるが、最悪の状況なのだと理解してしまう。


「まさか、壁の外にいるっぽい?」

「嘘でしょ? ホームズくん!」


 リューネさんの叫び声は届いていないようだ。

 ホームズさんも口を動かして何かを叫んでいるように見えるが全く聞こえない。壁の中に入ろうと剣を振るっているがビクともしない。

 光の壁が音だけでなく、物体の侵入すらも遮断しているようだった。


「これも結界魔法みたい。それも、私なんかよりも遥かに規模が大きい魔法だわ」


 愕然とするリューネさんだったが、それでも自分の結界魔法の強度を高くすることは忘れない。

 今の状況で守りを疎かにすることはあってはならないからだ。

 ……嫌な予感がする。もしかしたらフローラさんが見たという何かの仕業なのかもしれないと思いながら周りに視線を向ける。


 ――パキッ。


 ホームズさんが立っていた逆側の茂みから物音が聞こえた。大きな音を立てる心音が耳のすぐ側で聞こえているような錯覚を覚えながらゆっくりと振り返る。


「…………何、あれ?」


 僕の声にリューネさんが、ユウキが弾かれたように振り返る。フローラさんは恐怖に支配されて顔を覆い俯いていた。


「……まさか、本当に?」


 リューネさんの呟きは精霊から聞いたという何かの正体が正しかったのだと証明するものだった。

 ユウキにもあれが何なのかは分かっていないようだが、溢れ出す大粒の汗が危険な存在なのだと教えてくれる。


「なんか、人型だね」


 身長は二メートル程、ゴブリンみたいな人型だけど体皮は漆黒、真紅の瞳は感情を見せることなくこちらを見据えている。


「……なんかって、ジン、怖くないの?」

「いや、怖いというか何というか、怖いんだけどそこまでって言うか」

「……マジか。もしかして、これもスキルなの? まあ、今はどうでもいいわね」


 ブツブツ呟くリューネさんは結界魔法を維持しながら前に進みでる。


「あれは、悪魔よ」

「悪魔? 昔話やおとぎ話に出てくる?」


 カズチと話をしていた時にそんなことを言っていた。

 でも目撃例はないに等しいんじゃなかったっけ?


「こんな人が多い場所になんて、普通いないわよ。何でこんなところに!」


 身構えたリューネさんが魔法を発動、悪魔の周囲にぶら下がっていた蔓が突然動き出すと、悪魔の両手足に絡みつく。それが一本ではなく数十本もの数が絡みつくことで強固な縛りが完成した。

 さらに土属性魔法で周囲の土を盛り固めると、一気に押し流して悪魔を埋めるとさらに強固に固めていく。


「これで、多少は時間稼ぎが――」


 ――ドカンッ!


 リューネさんの思惑通りにはいかなかった。

 悪魔は数十の蔓を紙切れのようにちぎり、固められた土を容易く粉砕した。

 瞳を揺らし動揺するリューネさんだが、それでも攻撃の手を緩めずに次の攻撃を仕掛ける。

 大気中の水分を凝縮して水弾を作ると、風に乗せて高速で撃ち出す。


 ――ドドドドドッ!


 撃ち出す直前に先端を鋭利に尖らせたことで貫通力を高めた水弾は全てが命中した。

 しかし、水弾は硬質な体皮に阻まれて貫通することなく、体皮に傷をつけることも叶わず霧散してしまう。

 悪魔は人間のように首を傾げている。

 これで終わりか? と言っているようだ。

 リューネさんは最初と同じように蔓を使って動きを封じようとするが、今度はすぐに引きちぎられてしまう。

 それは見た。と視線で語りかけてくる。


 ――ドゴンッ! ドゴンッ!


 僕たちの後方ではホームズさんが剣を光の壁に叩きつけて何とか中に入ろうと試みている。

 その姿が目に入ったのか、悪魔の口元が微かに動く。すると、遠くから何かが近づいてくるような地響きが感じられた。

 剣を叩きつけていたホームズさんが後方へ振り返ると、視線の先には大量の魔獣が殺到してくる姿が飛び込んできた。


「ホームズさん!」

「師匠!」


 僕とユウキの叫び声が聞こえたのかは分からない。だけどホームズさんは一つ頷くと踵を返して魔獣の群れに飛び込んでいった。


「……万事休すね」


 結界の内側でなすすべがなくなってしまった。

 悪魔もこれ以上は楽しめないと判断したのかゆっくりとこちらに近づいてくる。

 間断なく蔓、土砂、水弾で攻撃を加えているが全く効いていないのは一目瞭然だった。

 ……はぁ。僕は見守るだけのつもりだったんだけどなぁ。


(――まぁまぁ、そう言うなよ)


 僕の思考を感じ取り、一人の男が声を掛けてきた。


「……やっぱり出てきたね――エジル」


 英雄の器前所持者のエジルが声を掛けてきた。

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