ソラリア婆との雑談
奥の間から小さな足つき机を出してきてカウンターの前に置く。
邪魔じゃないのかなって思うけど、客が来ないからいいのだと言い張るのでいいのだろう。
「しかし、めんこいのもガーレッドも無事でよかったのう」
ソラリアさんもガーレッドが拐われた話を知っていて驚いてしまった。
「結構な大事になっておったからのう。まあ、拐われたことよりもケルベロスのことがじゃが」
「ソラリアさんでもカマド周辺でケルベロスが出たって聞いたことないんですか?」
「ケルベロスもじゃが、上級魔獣が現れた例も少ないぞ」
そう考えるとやはり異常なのだと思わざる得ない。
ソラリアさんもゾラさんと同じドワーフだ。長生きする種族でゾラさんが敬語を使っていたのだから、ゾラさんよりも年上であることは間違いない。
そんなソラリアさんでも聞いたことがないことが、今現実に起きているということだ。
「それも北からというではないか。王都はいったい何を企んでおるのかのう」
王都が関わっている、ソラリアさん含めて多くの人がそのように勘ぐっている。僕もその一人だ。
王都には行ったこともないけれど、何となく胸騒ぎがするんだよね。
「ところで、このお茶美味しいですね!」
「ほほほ、そうじゃろう。婆が育てた茶葉を使った特製のお茶じゃからの」
「このお菓子も美味しいよ!」
「やべぇ、俺、全部食べちまったよ」
「僕も。
「いいんじゃよ。老人の話し相手をしてくれているんじゃからの」
ほほほと笑うソラリアさんは何だか楽しそうだ。
「ソラリアさんはカマドに来て長いんですか?」
「そうさねぇ、もうすぐ一〇〇年になるかねぇ」
「……へ?」
ま、まさか一〇〇歳越えだとは思わなかった。
「失礼ですが、おいくつですか?」
「もうすぐ一三六歳になるかねぇ」
「うわー、ソラリアさん、お元気ですね!」
「ほほほ、お嬢ちゃんに言われると嬉しいね」
ソラリアさんから見たら、僕たちは孫でもなくひ孫みたいな存在じゃないだろうか。
「めんこいのもそうじゃが、面白い子もたくさんおるようだし、もう少し長生きしてもいいかのう」
「頑張ってください。そういえば、エルフも長生きだと思うんですが、実年齢に比べて見た目が若い場合、どっちを優先して話をしたらいいんですか?」
ソラリアさんの場合は歳も上で見た目のお婆ちゃんだから関係ないけど、見た目は若いのに実年齢がとても上だった場合、若い感じで話すべきなのか、年相応の話し方をするべきなのか、ちょっとした疑問である。
「相手にもよるが、基本的には見た目に合わせた方がよかろう。長生きの種族は、見た目相応の精神をしておるからの。たしか、ハーフエルフで『神の槌』専門の役所職員がいたじゃろう。あやつみたいなもんじゃ」
「あー、なるほど、納得しました」
リューネさんもたしかゾラさんよりも年上だ。
それにもかかわらず見た目が若いからか話し方や言動も若い。見た目相応の精神とはこのことを言うのだろう。
「長生きの種族は年齢で上下関係を決めるのを嫌うこともあるから、気をつけなさい」
「はーい」
助言を受けたところでソラリアさんが立ち上がるとお茶を入れ替えようとお盆にグラスを乗せて奥に下がっていった。
僕たちが他愛のない話をしていると、お客さんが入ってきた。
「……何をやっとるんじゃ?」
「いらっしゃ--あれ、ゾラさん?」
来店したのはゾラさんだった。その表情は呆れ顔である。
まあ、店の中に机を置いて子供がお喋りしているのだから呆れられても仕方がない。
「あー、ソラリアさんに誘われて、お茶会?」
「……まあ、よいわ。ソラリア婆はいるか?」
「おやおや、騒がしいと思ったらゾラじゃないか、どうしたんじゃ?」
「ケルベロス事件の時にポーションを放出したからな、補充しにきたぞ」
「えっ?」
ポーションの放出って、聞いてないよ?
冒険者への報酬もそうだけど、冒険者にポーションも放出したとなれば相当なお金が動いていることになる。
「ご、ごめんなさい」
「ん? 何がじゃ?」
「冒険者への報酬に、ポーションまで。僕が相談しなかったから」
「小僧がそんなことを気にするもんじゃない。子供の心配をするのが親じゃからな。あれくらい屁みたいなもんじゃ!」
いや、屁はないでしょ、屁は。
「ほほほ、そうじゃぞめんこいの。こやつにたくさん金を使わせて、婆を儲けさせなさい」
「……はい、分かりました」
年長者にそこまで言われれば、はいと言うしかない。
僕たちはゾラさんの買い物が終わるまでお茶を堪能して、帰りは五人で道具屋を後にした。
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