色々な相場

 慌ててダリアさんに説明することにした。


「このお金は素材の依頼もそうだけど、依頼した後の食事や買い物にも使いなさいって言われたから、余分に渡してくれたんだと思うんだー」

「へぇー、ほぉー、だからって子供だけにこんな大金をねぇー」


 ……な、納得いってないよね。

 あれ? でも、これって銅貨だよね?


「ダリアさん、中に入ってるのって銅貨ですよね?」

「その通りよ」

「銅貨って貨幣の中では一番安い貨幣ですよね?」

「……はぁ。ジンくんには色々なところの相場を教えてあげなきゃいけないみたいね。ここじゃあ何だからあっちに行こうか」


 そう言って僕たちを最初に通された時と同じ個室に案内してくれた。


「仕事中にすいません」

「いいのよー。後でザリウスにガツンと言ってやるんだから」

「あれ? ダリアさんとホームズさんって知り合いなんですか?」


 親しげな感じを受けて聞いてみると、ダリアさんは笑いながら答えてくれた。


「ザリウスが冒険者をやってる時からの知り合いよ。『破壊者デストロイヤー』なんて呼ばれていたけど、昔は怖がりで泣き虫で大変だったんだから」

「抹殺ー! って叫んでいたホームズさんが……」


 うーん、信じられない。

 何はともあれ、依頼書を書く前にダリアさんから色々と講義を受けることになった。


「まずは基本的な給料の話です」

「えっ、給料ですか?」

「そう、給料です。ジンくんは働いてる人たちの平均給料を知っていますか? 知らないならどれくらいだと思いますか?」

「知りません。この前ユウキに依頼した時が大銅貨一枚だったから、大銅貨四枚から五枚くらいですか?」


 ダリアさんの片眉がピクリと動く。


「どうしてそう思ったの?」

「普通に仕事をしている人たちが依頼を出すことはあまりないと思うんです。依頼を出すのって本当に行き詰まっていたり、自分ではどうしようもない時だと思います。なら、給料の半分だと依頼しにくいし、三分の一でも僕なら渋ります。だとしたら四枚か五枚くらいかなーって思いました」


 その人の生活水準にもよるし、日常的に使うお金の相場も分からないのでそれっぽいことを並べてみたんだけど、ダリアさんの片眉はピクピク動いてばかりである。

 ……正直、とても怖い。


「……はぁぁぁぁ。ジンくん、大銅貨一枚ってのはとても貴重なのよ? さっき平均給料の話をしたわよね。カマドで働いている人たちの平均給料は、その大銅貨一枚なの」

「……えっ」

「君は、平均給料の三ヶ月分を持って歩いていたことになるのよ」


 な、なんでそんな大金を持たせたの、ホームズさん!


「素材を依頼するってことで貰ってきたのよね?」

「そ、その通りです」

「多分だけど、ザリウスは自分が冒険者をやっていた時の感覚でお金を渡したんだと思うわ」

「……こんな大金を?」

「上級冒険者だったザリウスは色々な依頼を受けていたんだけど、下級冒険者の依頼相場と上級冒険者の依頼相場がごっちゃになっているんだわ。これだけのお金なら、間の中級冒険者くらいだけどね」


 下級冒険者で大銅貨一枚だったよね? 上級冒険者だと、どれくらいなんだろう。


「ちなみに、上級冒険者の相場ってどれくらいですか?」

「……銅貨じゃ済まないわよ?」


 銀貨以上ですか、そうですか。平均給料の約十倍ですね。


「……冒険者って、お金持ち?」

「あくまでも上級冒険者だけよ。中級だと大銅貨三枚前後だけど、色々な道具を買うお金や宿屋代も考えたらすぐに無くなっちゃうわ」

「給料三ヶ月分。それでも無くなるなんて、冒険者って大変なんですね」

「それに魔獣と対峙することも多いから命の危険だってあるわ。ギルド職員が言うことじゃないけど、冒険者なんてなるもんじゃないわ」


 しんみりとした雰囲気でそう呟いたダリアさんの表情は少しだけ暗い感じがする。

 魔獣と対峙する、それは危険と対峙することと同義である。

 もしかしたら、ダリアさんが依頼を受理した冒険者が亡くなったのかもしれない。いや、事実そうなのだろう。

 ケルベロス事件の時に僕たちを襲った冒険者も、形はどうあれ魔獣に殺されてしまった。

 ユウキのことを気に掛けているのも、そのあたりが原因なのかもしれない。


「とりあえず、大銅貨三枚なんて子供だけで持っていいお金じゃないのよ。他の人にはバレないようにしなさいね」

「気をつけます」

「君たちも気をつけるのよ」

「「は、はい!」」


 しっかりと釘を刺された後は依頼書の作成である。

 なんか、ここまで来るのに時間が掛かった気もするが『神の槌』にはあまりにも常識人が少ないことが分かったのでダリアさんの講義はとても身になった。


「それじゃあ、キルト鉱石は確定として練習用に別の素材も必要なのよね?」

「はい。練習用の素材は特に指定しません」

「あの辺りで取れるのは銅しかないかなぁ。後は魔獣の素材とか」

「ま、魔獣の素材ですか?」


 魔獣を錬成するの? それって大丈夫なの?


「でも、魔獣の素材は魔素が多過ぎて熟練者にしか錬成が出来ないから練習には向かないわね。それこそケヒートさんとかの領分だわ」


 魔素が多過ぎるって、魔獣だし魔素しかないんじゃないの?

 そんな素材、今の僕にはいらないね。


「魔獣はいりません! 銅で構いません!」

「それもそうね。パーティ必須にするから少し報酬は多くなるけどいいかしら?」

「貰った分で収まるなら構いませんよ」

「全然足りるわよ。そうねぇ、鉱山の奥に行くことも考慮しなきゃいけないから、大銅貨二枚に中銅貨三枚ってところかしら」


 パーティ必須、更に魔獣がいる鉱山奥に行くのでこの報酬かぁ。


「……この前の依頼でユウキが大銅貨二枚貰ったのって、相当破格だったんですね」

「ゴブニュさんだから出来たことなのよ。あの人を基準にしちゃダメだからね?」


 この助言が一番心に響いたのだった。

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