契約の形

 僕は個人契約について説明した。


「お店とクランの契約とは違って、個人契約は個人と個人、つまり今回の場合で言えばサラおばちゃんとカズチ二人の契約ってことかな」

「でも、それって面倒臭くないか? 契約料とか仕入れ数とか、全部自分でやらないといけないんだろ? そんな計算、俺には出来ないぞ」

「私もあまり得意ではないわ」


 お店とクランであれば専門の人、『神の槌』で言えばホームズさんが契約料、出荷量、更にはお店とクランが平等に儲けを出せるように販売価格まで調整するところまである。

 しかし個人契約であれば全てを自分たちで決めなければいけない。その作業自体が困難極まりないと思われがちだが、小さな契約ならばそこまで難しく考える必要はないと思うんだよね。


「簡単に考えようよ。個人と個人なんだから、自分たちがやりやすいようにやればいいんだよ」

「やりやすいようにって言われてもなぁ」

「例えばだけど、カズチ一人で作るわけだから数だって作れないよね。それなら作った分だけサラおばちゃんのお店に卸すんだ」

「でも、それだとあやふや過ぎないか?」

「これが大型契約なら問題だけど、個人だからいいんじゃないの? お互いが納得できればの話だけどね。カズチからすれば作るのに掛かった費用と労力を鑑みて、儲けが出る価格でサラおばちゃんに買い取ってもらう。その買値から販売時にお店の売上に繋がるよう価格を設定して販売する。こうしたら両方にプラスが出るからいいんじゃないかな」

「うーん。でもそれって、売れなかったらサラさんだけがマイナスにならないか?」


 今言った内容だけではカズチが言うように売れなければサラおばちゃんだけが割りを食ってしまう。


「子供がそんなことを気にしちゃダメよ。売れる物を選ぶのは販売者の責任。それに、その個人契約の場合は私が売れないと思えば買い取らなくてもいいって事になっているわね?」

「その通りです。僕の話の大前提は、お互いが納得出来れば、というところです。カズチが作った中石が最高の出来だったとしても、その中石をサラおばちゃんが求めているとは限らないよね」

「そうだな」

「なら、サラおばちゃんから欲しい形の中石のリクエストを聞いて、カズチはその通りに錬成する。カズチも出来る出来ないをはっきりと伝えて、その上でお互いが納得出来れば作って納品する。カズチも責任持って作らないといけないし、サラおばちゃんも売れると思ってリクエストしてるわけだから、売れなければ販売者の責任になるけど、売れればカズチよりも手元にお金が残るかもしれないよ」


 これは商売だ。損得はもちろん、リスクだって必ず存在する。

 サラおばちゃんはお店を趣味だと言っていた。ならば大型契約よりも、ローリスクローリターンくらいでいいのではないだろうか。


「無理しなくていいんだよ。出来る範囲で、少ない数から始めてみたらどうかな?」


 素材の値段にもよるだろうけど、小さな契約ならばお小遣い稼ぎにはなると思う。

 サラおばちゃんからも色々と希望をもらえれば、それを形にすることでカズチのイメージ力も高まるだろう。


「うふふ、面白そうね。私は構わないわ。カズチくんはどうかしら? 沢山のお金は払えないから、本当にお小遣い程度になるでしょうけど」

「お、俺も構いません! だけど、クランのこともあるので一度相談させてください」

「もちろんですよ。ご迷惑でなければ、よろしくお願いしますね」


 自分が錬成した素材が評価されたことに嬉しさをにじませた表情を浮かべているカズチ。

 僕も言い出しっぺとしてソニンさんを説得するのに力を貸してあげなくちゃ。


「それにしてもジンくん、そんなことよく知ってたね」

「本当ですね。長く生きていますけど、私でも聞いたことなかったですよ」

「うーん、僕としてはなんでお店とクランでしか契約出来ないのかが疑問なんだけどなぁ」

「何でだよ、それが普通だろ?」

「えっ、何で?」


 首を傾げる僕に対して、サラおばちゃんが説明してくれた。


「ほとんどのクランは大きなお金をまとめて欲しいものなのです。小さなお金はクランの運営を行う場合、すぐに無くなってしまいますから」

「でも、見習いが稼いだお金まで徴収するのって、何だかなぁ」

「小さなクランではそれが普通なのですよ。『神の槌』は大きなクランですから、私も少しだけ期待してしまうわ」


 冗談めかして笑いを誘ってくれたサラおばちゃんはカズチの手を両手で握りしめた。


「私は多くの見習いたちを応援しているの。カズチくんが出来る範囲で構わないから、自分のプラスになると思えばお願いします」

「はい、ありがとうございます」


 うんうん、子供を応援してくれる大人には良い人しかいないよね。

 色々な装飾品も見れて、良い出会いもあったサラおばちゃんのお店を後にして、僕たちは冒険者ギルドへと向かった。

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