足止めと限界と……
まあ何とかなるだろうと考えてとりあえず周辺の木の成長を後退させることにした。
どうやればいいかな。木を枯らすための方法かぁ……とりあえず水分でも抜いてみるか?
視界に映る木々に対して影響を与える、水分を抜いて中身をカラッカラにする。
……おっ、なんか上手くいったっぽい。
緑豊かに生い茂っていた木々が見た目にも分かるように細く萎んでいくと、葉が緑か茶に変わりハラハラと落ちていく。
周囲の変化にケルベロスも一瞬だが視線をあちらこちらに向けていた。
このタイミングだと判断して次の工程、落とし穴の作業に移っていく。
まあ、落とし穴に関しては一度経験済みなので簡単だ。ただ、規模が規模なだけにイメージは大事だけどな。
ケルベロスが落ちるくらいに大きく深い落とし穴。深さに関しては深ければ深いほど良いだろうけど、大きさには注意しなければならない。大き過ぎると穴を塞ぐ時に根の成長が間に合わずケルベロスが出てくる恐れもあるからだ。
ケルベロスが入るギリギリの大きさで深い穴を作る。
……よし、行くぞ!
『グルル? グルルルルゥゥ--グラアッ!』
一瞬で消失した地面にケルベロスは成す術なく落っこちていく。
実際にはケルベロスがいる地面の土を左右に寄せて穴を作ったのだが、何も知らないケルベロスからしたら消えたと錯覚しただろう。
慌てて前脚を出して縁に爪を掛けたのだが、俺は抜いた水でミニ水爆弾を作り撃ち出すと爪は簡単に砕けて完全に穴へ落ちていった。
「よし! 次は根の促進だ!」
これは迅速に行わなければならない。
ギリギリまで枯らした木々に抜いた水を与えながら成長を促進させる。暗い森の中ではあるが空からは太陽光が燦々と降り注いでいるからこれも案外余裕なのだ。
栄養を吸収した木々は細々とした幹がドンドンと太くなり元々の太さを通り越してありえない太さまで成長している。
並行して根も長く伸び太くなり、俺の意図した通りに絡まり合い落とし穴を塞いでいく。
それに合わせて穴の中に土を流し込んで埋めてしまうのも忘れない。
……こ、こうも上手くいってしまっていいのだろうか。
ケルベロスが落ちた穴は大量の土と強固に絡み合った根、さらに意図していなかったがその上に一際太く高い巨木が育ってしまっている。
たまーに地面が揺れて変な唸り声のような音が聞こえてくるが気にしない方がいいだろう。
今はユウキの方が大事なのだ。
俺はユウキが飛んでいった方角に進んで行くとその痕跡をすぐに見つけることができた。
「……ユウキ、生きてるかなー」
「ピキャー」
どうだろう、だって。
まあそうだよね。上を見上げるとユウキが飛んでいった軌跡が残っている。枝が折れているだけでなく、その角度から見て山なりではなくライナーで飛んでいったようだ。
受身が取れていなかったら俺が殺したようなものかもしれないよ。
だが、その予感は杞憂に終わってくれた。
「ユウキ!」
「……あー、ジン。この通りだよ、降ろしてくれたら助かるな」
ユウキは空を飛んで行く最中、蔦に絡まり木の上でぶら下がっていた。岩や地面にぶつからなかっただけ良かったのかもしれないが長時間あの態勢では辛いものがあるだろう、逆さまなんだからね。
木属性魔法を使って蔦を緩めながらゆっくりと降ろしていく。
「ユウキ、無事でよかったよ〜」
「めちゃくちゃ怖かったけどね〜。でも、命があるだけマシだよ。それよりもケルベロスは?」
「落とし穴の中」
「……へ? お、落とし穴?」
「それよりもユウキ、足の傷が……」
ユウキの足の傷は酷かった。
蛇の鋭い牙に貫かれたのだ、最悪の場合噛み切られていた可能性も考えれば不幸中の幸いなのだが、それにしても酷い。
「ポーションはないのか?」
「戦闘中にカバンが焼かれちゃってね、もう無いんだ」
「そんな……なら、援軍が分かりやすいように閃光玉を打ち上げよう。ポーションも持っているかもしれないし」
そう言って俺は右手を上げて光属性魔法を放とうとした--その時だった。
--ドゴオオオオォォン!
「な、なんだあ!?」
「今の音……まさか!」
音の発生源は俺が通ってきた道から聞こえてきた。つまりケルベロスを落とした方向から。
振り向けば空に向けて四本の黒い火柱--ブレスが立ち上がり落とし穴脱出を意味していた。
「マズイ、もう出てきたのかよ!」
「ジン、君だけでも逃げてくれ。僕の傷じゃあ逃げ切れないからさ」
「お前、何を言ってるんだよ! 見捨てられるわけないだろう!」
「……僕は、貴族家の中でも上位にいるライオネル家の三男だった。貴族の中にも友達はいないし、冒険者になってからも友達は出来なかった」
「こんな時に何を--」
「ジンは僕の初めての友達なんだよ」
「--!」
……だから、助けるって言いたいのかよ。自分を犠牲にしてまで! そんなこと、許さない!
俺はもう一度右手を上げて光属性魔法を放った。
「ちょっと、ジン! それじゃあケルベロスにも場所がバレちゃうよ!」
「どうせ臭いでバレるんだ。だったら援軍が先に到着することに賭けてもいいんじゃないか?」
「それはいいから、早く逃げてよ!」
「……あー、ユウキ。すまんが俺は逃げないよ。ってか、逃げられない」
「何を、言ってるの?」
実のところ、俺の意識は朦朧となり始めていた。
連続の魔法行使と慣れない戦闘で既に限界を超えているのだ。
今の言葉もただ言っただけではなく、本当に賭けをしたのだ。援軍が先か、ケルベロスが先か。
「さーて、吉と出るか、凶と出るか。どっちかねぇ」
「……ジンは、この状況でどうしてそんなに落ち着いていられるの?」
さて、どうしてだろう。
日本にいた頃は納期間際になると焦りまくって失敗したこともあったし、ゲームでも必要素材獲得間近で死んだ時には発狂したものだ。
「……やっぱり、一度死んだからかなぁ」
「一度、死んだ?」
「あー、今のは気にしないで。それに--どうやら賭けに負けたみたいだよ」
森の奥、黒い火柱が上がった方向からは六つの紅眼と二つの青眼がこちらを睨みつけているのが見えた。
俺はなけなしの魔法で植物の成長促進を行い進路妨害を試みたが前脚で難なくへし折られてしまい意味がない。
今度こそ、意識が、遠のき始めたな。
「ジン! しっかりしてよ、ジン!」
……あぁ、せめてユウキだけは、助けてあげたかった、なぁ。
「--よく生き残りましたね」
……ん? なんか、聞いたことがあるような、ないような声が聞こえた、ような。
「--小僧! 生きとるかー!」
……うん、完全に幻聴がするよ。
「--抹殺、抹殺、まっさーつ!」
……えっ、マジで誰?
ぼやけた視界の中に飛び込んできたのは俺がよく知る人物たち。
ソニンさん、ゾラさん、それに……ホ、ホームズさん?
その後から複数の人影が俺たちを追い越してケルベロスに殺到していく姿を見た直後、俺の意識はプツリと途切れた。
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