炎、食う

 大量の水がケルベロスを直撃すると、あまりの重量に体全体が地面に押し付けられる。

 さらに水は周囲へと一気に広がり炎の海と化していた森を一瞬で鎮火してしまった。

 あまりにも量が多すぎで危うく俺たちまで押し流されそうになったのは予想外だったけど、ユウキが咄嗟に木の上に避難させてくれたので助かった。


「……昨日の魔法といい、今日の魔法といい、ジンは本当に規格外だね」

「そうかなぁ? 考え方が他の人と少し違うだけだと思うよ」

「これが、少し?」


 ユウキの反応を見ているとそうでもないらしい。

 やはり生き残ったらこの世界の常識から学ぼうかな、うん。

 でも今回はそれでうまくいったのだから良しとしよう。


『--グルルルルゥゥ』


 火は消えたけれどケルベロスは健在だ。

 またブレスを吐かれては困るのでなんとか出来ないか頭を捻るがいい考えが浮かばない。

 その時である。


「ピキュピキュキュー」

「えっ? ガーレッド、何言ってんの?」

「何か言ってるの?」

「いや、火が美味しそうとか何とか」


 ガーレッドは何を言っているのだろう。

 そういえば黒炎に包まれている時もジーッと炎を見つめていたような。あれは火が好きなわけじゃなくて美味しそうと思って見ていたのか?


『グルオオオオオオォォッ!』


 巨体を起こしたケルベロスは三首をこちらに向けて再びのブレスを吐き出す。

 それも今回は左右の首が俺たちの左右に黒炎を吐き出して逃げ場を奪い、真ん中と蛇が俺たちを直接狙ってきた。

 風のヴェールがあるから俺は何とかなるが、ユウキは既にギリギリの状態だ。何か対策を講じなければ丸焦げになってしまう。


「ピキュー!」


 突然ガーレッドがカバンから飛び出して俺たちの前に立ってしまう。


「ちょっと! 危な--」

「ピーーキャーーーー!」


 小さな嘴を精一杯開けたガーレッド。

 その時、あまりに予想外のことが目の前で展開された。

 こちらを狙っていた黒炎が二つ、それらが全てガーレッドの口の中に吸い込まれていく。

 俺もユウキも驚いたのだが、一番驚いたのはブレスを吐き続けているケルベロスだろう。真紅に染まる眼が大きく見開かれている……気がする。

 中央の黒炎だけではダメだと判断したのか、左右に吐かれていた黒炎も幅を狭めながらこちらに近づいてくる。

 だが--。


「ピッキャキャー!」


 ……うん、なんか喜んでるねー。

 計四つの黒炎が俺たちを狙っているのだが、その全てがガーレッドの口の中……いや、胃袋の中に吸い込まれていく。

 その胃袋どうなってるの? と聞いてみたいが聞いたところで分かるはずもないので置いておく。


「……これ、僕たち何もやることない?」

「あー、しばらく見ておこうか。ガーレッドもまだまだ余裕みたいだし」


 そう、ガーレッドの気持ちが俺には流れ込んでくるのだが全く辛いような感じではない。むしろ喜んで黒炎を食べているのだ。

 この状況がしばらく続くのかと思っていたのだが、徐々に黒炎の勢いが落ちてくると最後には吐き出されなくなった。


『……グルルルルゥゥ』


 ……うん、ものすごく落ち込んでるね。まさか食べられるとは思わないよね。俺も驚いたからね。

 最大の武器であるブレスが効かないとなればケルベロスに残る攻撃手段はなんだろう。

 そう考えた時、ケルベロスは傷ついた右後ろ脚を気にすることなく高く飛び上がりこちらに前脚を振り下ろしてきた。


「やっべえ!」

「逃げよう!」


 炎を食べられるガーレッドも肉弾戦はどうしようもない。

 急いで抱き上げるとユウキと一緒に無属性魔法で後方に飛び退く。

 間一髪で回避できたがその凄まじい重量に地面が震え、鋭い爪で抉られた地面がめくれ上がる。

 大量の血液が右後ろ脚から溢れているが俺たちを殺せれば満足なのだろう、再び力を込めて突っ込んできた。


「僕が前に出るから、ジンは魔法で援護して!」

「援護って、どうやって!」


 無理無理! 魔法の制御ができないから練習してるのに援護だなんて!

 だけどユウキは真っ直ぐにケルベロスへと突っ込んでいく。


「あー、もう! やけくそだ! えーっと、援護になるやつ、援護になるやつ……よし!」


 とあるゲームで大型モンスターと戦う時の対策を考えた結果--俺はユウキの後方に光属性魔法で極大の閃光弾を作り出した。


『ギャワン!』

「よし!」


 閃光弾に視界を奪われたケルベロスの動きが鈍ったところにユウキの剣が閃く。

 加速と体重を乗せた一撃が左前脚を抉り血飛沫が上がる。

 ケルベロスの動きが鈍ったのを見たユウキは返す剣で追撃を試みようと左後脚目掛けて駆け出す。


「危ない!」

「えっ?」


 ケルベロス本体の動きが鈍ってはいたが、別の意思で動いているのか尻尾である蛇の動きは変わらずしなやかで速く、真横からユウキに襲い掛かった。

 俺が斬り裂いた牙とは逆側の牙がユウキを捉えて足を貫く。


「があぁっ! くそっ、たれぇっ!」

『キシャアアァァッ!』


 首を落とそうと袈裟斬りを放つが蛇は躊躇なく口を離して回避する。

 深い傷を負ったユウキは何を思ったのか懐から一つの石を取り出した。


「あれは、魔法石マジックストーン? ……まさか!」


 そのまさかが起こってしまった。

 ユウキは取り出した魔法石を発動、その中身の魔法は--ポイズンアース、毒の沼だ。

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