ケルベロス

 あまりの図体に見上げなければ全容を見ることができなかった。

 その姿は三首みつくびの獣、ゲームでもよく見かける姿をしている。


「ケ、ケルベロス!」

「あっ、やっぱり?」

「ジンは何でそんなに冷静なのさ! 上級魔獣だよ、普通はこんなところに出てこないんだよ!」


 やっぱりおかしなことなんだね。

 あれだけの魔獣が俺たちを無視していくあたり、ありえないことだもんね。


「とりあえず、走って逃げる?」

「……そうしたいところなんだけどねぇ」

「あー、もう無理そうなのか?」

「完全に僕たちを狙ってるっぽい」


 よく見ると計六つある紅眼の全てが俺たちをまじまじと見つめていた。


「……やばいな」

「僕たちだけで倒すのも、さすがに無理だよ」


 さすがのユウキもお手上げのようだ。

 だが、別に倒さなくても良いのではないだろうか。


「ねぇ、ユウキ。後から援軍が来るんだよね?」

「そのはずだよ」

「だったら、倒さなくても時間稼ぎが出来たらいいんじゃない?」


 そう、援軍が来ているならケルベロスは援軍に任せて俺たちは殺されないように逃げ回ればいいではないか。

 遠見スキル持ちは他にもいるだろうし、それ以前にこれだけの図体が暴れていれば嫌でも場所は分かるだろう。


「……それなら、出来そうかな?」

「左右に別れて逃げ回れば……って、あれ何?」


 逃げ回ると決まった直後、真ん中の口内にゆらりと紅い光が見えた。


「まずい、ブレス来るよ!」

「げえっ! いきなりかよ!」


 俺が左に、ユウキが右に飛び退いた。

 その直後には俺たちが立っていた地面が弾けて炎の海が広がる。

 直撃はもちろん、その余波に触れただけでも相当のダメージがありそうだ。


「あー……うん、逃げ回ろう」

「ピキャピキャー!」

「あの炎は俺が出したわけじゃないから喜んじゃダメだよ」

「ピキャー?」


 そうなの? と首を傾げる姿は可愛いのだが、今は愛でている時間がない。それに三首のうち二つがこちらを向いているのだ。少しでも気を抜けば一瞬で黒焦げか、跡形もなく燃やし尽くされるだろう。


「とりあえず離れるよ! ユウキも逃げ回ってねー!」

「分かったー! あまり離れ過ぎないでねー!」


 了解、と言いたいがどうだろう。

 二首がこちらを向いている状況だ、逃げ回っていたら自ずと離れてしまう可能性もある。


「って、考えてる暇もないね!」


 中央の頭が再び黒炎を吐き出すそぶりを見せたので即座に無属性魔法で大きく迂回する。

 直後には右の頭が黒炎を吐き出したので全速力で駆け抜けるとケルベロスの後方へ避難した。

 だが--。


「どえぇっ!」


 ケルベロスの尻尾の先に鋭い青眼が怪しく光っていた。


「へ、蛇!?」

「ピキュ〜」


 しなやかな動きでこちらに噛み付こうと鋭い牙が襲い掛かってくる。

 このままでは噛み殺される、そう思った俺は腰に差していた銀狼刀ぎんろうとうをがむしゃらに振り回した。


 --キンッ!


『キシャアアアアァァッ!』

「……き、効いた?」


 銀狼刀は蛇の牙を斬り裂き俺の頭ほどにある牙が地面に落ちた。

 その牙だが、不思議なことに切断面が真っ赤に変色しており湯気が踊っている。


「……あっ、火属性が付与されてるんだっけ」


 魔護符まごふの説明を受けている時に斬った相手に熱傷を負わせるとか何とか。


「これ、熱傷のレベルじゃないよね! 牙が溶けてるんですけど!」


 ま、まあダメージを与えられたならいいのかな?

 その代わりめっちゃ蛇に睨まれてるんだけどねー。


 --ドンッ! ドドンッ!


 そういえば頭が一つもこっちを向いてない。

 後ろにいるから当然なんだけど、そうなれば自然とユウキが三首とも相手にしているってことだ。


「ヤバい!」

『キシュルルルル』


 助けるために前に行こうとしたが、蛇の頭がこちらを睨みつけて舌をチョロチョロさせている。

 どうやら逃がすつもりはないらしい。

 ユウキの状況は気になるが、いまだに爆発音が聞こえてくるので何とか逃げ回っているはずだ。

 それならば俺は蛇の気を引いて逃げ回るのが得策だろう。


「よ、よし! 来やがれ蛇野郎! いや、蛇!」

『キシャアアアアァァッ!』


 ほ、本当に来やがった!

 後方に飛び退いて牙をやり過ごしたが、次に胴体を鞭のようにしならせた横薙ぎが飛んで来た。

 俺は上に飛び跳ねて回避すると木の上に着地して一度呼吸を整える。


 --メキメキ。


「そんな暇ないよね!」


 蛇の胴体が木に絡みつき数秒でへし折ってしまう。

 木から飛び降りた俺は着地と同時に左に飛び退き再びの牙を回避した。


「はぁ、はぁ、これは、キツイなぁ」


 ポーションを飲んだとはいえ精神的疲労までは回復していない。

 朝から今までずっと魔法を行使しながら動き続けているのだから疲労が溜まっているのだろう。

 だけど逃げるだけなら変に気を使わなくていい分楽である。


「後どれくらいで援軍は来るのかねぇ」

「ピキャー」


 額に浮かぶ汗を拭いながらこちらをじっと見ている蛇の眼を見つめる。

 ふと、蛇が口を大きく開いた。今までにない動きだが何だろう?

 そう思った直後だった--。


 --ゴウッ!


 蛇の口内からケルベロスの頭と同じ黒炎が吐き出され、俺とガーレッドは飲み込まれてしまった。

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