群れ、群れ、群れ

 奥に進むにつれて奇妙なことに気づいた。

 木々のいたるところに深い爪痕が残され、中には半ばから粉砕されている大木まで存在している。

 そんな状況にも関わらず魔獣の死体は見当たらない。


「この辺りの魔獣は根こそぎ食べられたか、追い出されたのかもしれないね」

「マジかよ。そういえば、カマドでの件だけど俺の意図がよく伝わったな」


 信じてはいたけれど、やはり出会って一日しか経っていないのだから心配にはなっていた。


「あれだけの形相で名前を呼ばれたら何かあったんだって分かるよ。ダリアさんにゾラ様へ伝えてもらうよう言ってるから後から援軍も来るはずだよ」


 ユウキは的確に動いてくれたようだ。

 ダリアさんに伝えた後すぐに追いかけてくれたんだろうけど、一つ疑問が残る。


「それにしてもよく追いつけたな。結構離れていたと思うけど」


 俺は無属性魔法を行使して全力でガーレッドを追いかけていた。それも尋常ではない速さで。

 ユウキが無属性魔法に長けていたとしてもそれだけで追いかけてこれるとは思えない。


「僕には遠見スキルがあるんだ」

「えんけん、スキル?」

「固有スキルの一つで、簡単に言えば遠くのものが良く見えるってこと。範囲を広げれば距離は短くなるけど、範囲を狭めてピンポイントで見れば長距離を見ることができる。首をあちこちに振りながらいろんなところを見て、ようやく見つけたんだよ」


 そんな便利なスキルがあるんだと驚いた。

 でもそれならば追いつかれたのも納得だ。無属性ならユウキの方が一枚も二枚も上手なのだから。


「でも、今がジンの本当なのかな?」

「本当って?」

「話し方。自分のことを俺って言ってるし」

「あー、えーっと……そう、かな」


 頭に血が上って完全に忘れてた。素の自分が出てたね。


「……キレるとこうなる」

「あはは、そういうことにしておくよ」


 ユウキは笑いながら納得してくれた……たぶん。

 まあ、今はそんなことを話している暇ではないからだと思うけどね。


「もうそろそろ追いつけるはずなんだけど……あれ?」

「どうかしたの?」

「ガーレッドがあっちから近づいてくる」


 俺が指差した方向にユウキも目を向ける。

 森の奥、日の光も遮られて薄暗いその先から--二人の侵入者とカバンに入ったガーレッドが姿を現した。


「ガーレッド!」

「ピキャー!」

「なっ! あいつら、しくじりやがったのか!」

「そ、そんなことよりも逃げろ!」

「逃すと思っているのかい!」


 逃げようとする二人の前に立ちふさがる俺とユウキ。

 しかし妙だ。何故こいつらは戻ってきたのか。

 長髪が丸坊主に逃げろって言ってなかったか?


 --その時だった。


『ブオオオオオオォォッ!』

『ギイイイイイイィィッ!』

『グルルルルルルゥゥッ!』


 森の奥から様々な雄叫びが聞こえてきた。


「やべぇ、来やがった!」

「ま、魔獣の群れだ!」


 雄叫びに続いて聞こえてきたのは騒々しい地響き。

 この地響きを引き起こしているのが魔獣の群れだというのなら、その数は相当なものだろう。


「て、てめぇらどけ! 殺されてぇのか!」

「ガーレッドを返せばどいてやるよ!」

「あ、兄貴! 早く逃げなきゃ!」

「……ち、ちくしょうが! 覚えてやがれ!」


 丸坊主が捨て台詞を残しながらガーレッド入りのカバンをこちらに投げつけてきた。


「ガーレッド!」

「ピキュ〜!」

「よかった、本当によかった!」


 俺はガーレッドを抱きしめながら何度も呟いた。

 だが俺たちにはあまり余裕はない。何故なら地響きが近づいてきているのだ。

 そして群れの第一陣が俺たちの視界に飛び込んできた。


「ジン、逃げ--」

「火炎放射!」


 ユウキの言葉を遮って加減知らずの火炎放射を打ち出した。

 先行していたゴラリュやラーフだけではなく、後方にいたゴブリンまで一瞬にして消し炭にしてしまう。

 その光景を見たユウキは唖然としていた。


「よし、そのまま逃げよう! ……どうしたの?」

「……いや、その……ジンって、規格外だね」

「そうかな? 万能人間ならゾラさんとかソニンさんがいるから俺なんてそうでもないよ」

「ば、万能人間」


 なんだか呆れたように呟いているけど本当の話だ。

 あの二人だけではなく、本当はリューネさんも万能人間だから三人なんだけどね。

 それはともかく今は逃げることが先決だ。

 地響きはいまだに続いている。今のが第一陣であれば、さらに大量の魔獣が押し寄せてくるだろう。

 規格外の魔法があっても、ユウキが一緒であっても、数にものを言わせられればどうしようもない。

 そんな中で第二陣がその姿を現した。その数は第一陣の二倍近い数だ。


「うわー、さすがにこれだけの数はヤバイかも」

「そんな呑気に言ってる場合じゃないよ! 早く逃げなきゃ……って、あれ?」


 不思議なことに魔獣の群れは俺たちに襲いかかることなく全く別の方向に進んで行くか、横を通り過ぎてさっさと逃げてしまった。

 何が起きているのか、俺とユウキは目を合わせて首を傾げている。

 すると--。


 --ズシンッ! ズシンッ!


 先ほどまでの地響きとは明らかに異なる音と揺れが響いてきた。

 大勢ではない、超重量が一回一回地面にぶつかって響いている。

 森の奥からは木々がなぎ倒される音も聞こえてきた。


「……これは、まずいね」

「……うそ、マジかよ」


 俺が見てきた魔獣とは明らかに違う、数メートルに及ぶ図体の魔獣が真紅の眼を光らせてその姿を現した。

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